過労死関西医大研修医損害賠償訴訟大阪地裁判決 2002.2.25

H14. 2.25 大阪地方裁判所 平成11年(ワ)第4723号 損害賠償請求事件

平成14年2月25日判決言渡し 

平成11年(ワ)第4723号 損害賠償請求事件

口頭弁論終結日 平成13年12月3日

判      決

主      文

1 被告は,原告Aに対し,金6766万2426円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は,原告Bに対し,金6766万2426円及びこれに対する平成11年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告らのその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用はこれを4分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

5 この判決は第1,2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

1 被告は,原告Aに対し,金8601万0096円及びこれに対する平成10年8月17日(死亡の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は,原告Bに対し,金8601万0096円及びこれに対する平成10年8月17日(死亡の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,被告が設置する被告病院耳鼻咽喉科の臨床研修医であったEが死亡したことに関し,Eの相続人である原告らが,Eの死亡は被告の安全配慮義務違反による過労死が原因であるとして,被告に対し,債務不履行に基づく損害賠償(含遅延損害金)を請求をしている事案である。

1 争いのない事実等

(1)Eの経歴

Eは,父原告A,母原告Bの長男として昭和47年7月30日出生し,平成10年3月にC大学を卒業,同年4月16日医師国家試験に合格し,同年5月20日厚生省に医師として登録された。Eは,平成10年5月6日から被告病院耳鼻咽喉科の見学生となり,同年6月1日から同科の臨床研修医となった。

(2)Eの死亡

Eは,平成10年8月16日午前0時ころ,自宅マンションにおいて,死亡した(当時26歳)。なお,Eの死亡届書及び死体検案書には,直接の死因として「急性心筋梗塞疑」と,その原因として「虚血性心疾患疑」と記載されているが,病理解剖等は行われていない(甲1)。

(3)相続

原告らは,Eの死亡により,同人の権利義務を2分の1の割合でそれぞれ相続した。

2 争点

(1)Eの研修と死亡の間には相当因果関係があるか。

(2)被告は安全配慮義務に違反したか。

(3)損害額

3 争点に関する当事者の主張

(1)争点(1)(Eの研修と死亡の間には相当因果関係があるか)について

【原告らの主張】

ア(ア) Eの死因は急性心筋梗塞である。

Eは,身長181㎝の頑強な身体の持ち主で,在学中は陸上部に属しており,国家試験勉強中も毎日4㎞のランニングを欠かさずやることで,常に病気に負けない身体を作ることに努めていたため,今までに大きな病気はしたことがなく,勤務中も何らの異常も認めなかった健康体であった。また,Eは,基礎疾患としての血管病変を有していなかった。

(イ) Eが従事した業務は,後記イのとおりであり,患者の生命身体に重大な結果をもたらす重要なもので,その責任が重いこと,業務時間が,毎日15時間以上と異常に長時間となっていること,昼食時間が全く保証されていなかったこと,週1回の割合で副直勤務が行われたこと,休日が全く保証されていなかったことから,急激に,肉体的,精神的疲労を蓄積していき,Eは,日常的な睡眠不足によって,業務の最中にも眠ることがあるほどであり,再三胸痛を覚え,かかる蓄積疲労の状態で点滴ミスという事故が起きたことにより,以後一層の精神的緊張を強いられ,ついにEの肉体的,精神的疲労は頂点に達し,急性心筋梗塞が発症したのである。

このような経過からすると,Eの死亡と勤務との間の因果関係があることは明らかである。

イ Eが従事した業務は次のとおりである。
(ア) Eの日常の業務(月曜日から金曜日まで)
 a 出勤 午前7時30分
 b 午前7時30分から午前9時まで
   耳鼻咽喉科病棟の各ベッドサイドにおいて患者に対し点滴を施注したり,検査のため採血をしたりした。
 c 午前9時から午後4時30分まで
   外来診察室において,昼食・休憩をとる暇もなく,外来患者への指導医による診察に立ち会い,治療の見学及び助手を行った。
 d 午後4時30分から午後6時まで
   カルテ記入整理を行う他,病棟処置の助手,手術の立会いを行った。
   指導医は,担当の入院患者を抱えており,この時間帯はこれら入院患者に対する病棟処置が行われるところ,研修医はその助手をこなす。また,週2回の手術日には,手術に立ち会っていた。
 e 午後6時から午後7時まで
   入院患者の点滴及び採血を行った。
 f 午後7時から午後11時まで
   カルテの整理及び採血の分析等を行っていた。また,原則として午後7時までに入院患者に対する採血・点滴が終わるが,入院患者の状態は常に一定ではなく,日によって遅れることはいくらでもあり,研修医としては,午後11時までに入院患者に対する点滴・採血を終了し,データの整理をするのが日課となっていた。

研修医の研修は,具体的な医療業務に従事しながら遂行されるのであり,時間が来たら終了するという性質を有しておらず,指導医が在院する間は当然に病院にいて,指導医の処置を見学したりするなどし,指導医がアルバイトでいない場合でも,カルテを見たり,外来の残した仕事をしたり,当直の外来を見学したりなどしていた。

(イ)土日・祝日

土曜・日曜の退勤時間は,午後2時ころであった。採血・点滴は,3名の研修医が毎日実施していたもので,交代で担当していた事実はない。

(ウ)副直

Eの副直回数は,研修記録簿(甲6の26・27枚目)記載のとおり,8回である。特に7月には6回も集中的に副直をこなし,死亡する直前の8月13日の夜から8月14日の朝にかけて副直もしている。被告が提出する医師当直日誌(乙4)は,記載形態が簡略にすぎ,副直者が正確に記載されているとは思えない。

Eは,連日にわたる異常な長時間勤務に加え,多数回の副直による泊まり込み勤務を余儀なくされ,甚だ過大な肉体的,精神的負担を強いられた。

(エ)夏期休暇

Eは,8月3日から1週間夏期休暇を取る予定であったが(ただし,8月8日と9日はもともと土,日曜日である。),その間も8月3日を除き,自発的に被告病院に出勤し,入院患者に対し,採血や点滴を行っていた。被告病院の処置体制がそうしなければ人手不足のため入院患者等に適切な処置をすることができなかったからである。

(オ)死亡直前の勤務
    a 8月10日(月)
      午前7時30分から午前9時まで,点滴,採血
      午前9時から午後2時まで,外来診察助手
      午後2時から午後5時まで回診・症例検討会
      午後5時から午後6時まで,処置
      午後6時から午後11時まで,点滴・採血及び診察助手
    b 8月11日(火)
      午前7時30分から午後9時まで,点滴・採血
      午前9時から午後4時30分まで,外来診察助手
      午後4時30分から午後6時まで,休憩・自己研修
      午後6時から午後11時まで,点滴・採血及び診察助手
    c 8月12日(水)
      8月11日と同じ
    d 8月13日(木)
      午前7時30分から午前9時まで,点滴・採血
      午前9時から午前10時まで,外来診察助手
      午前10時から午前12時まで,手術見学及び学習ビデオ撮影
      午前12時から午後1時まで,昼食
      午後1時から午後6時まで,手術見学及び学習ビデオ撮影
      午後6時から午後11時まで,点滴・採血及び診察助手
    e 8月14日(金)
      午前7時30分から午前9時まで,点滴・採血
      午前9時から午後1時まで,外来診察助手
      午後1時から午後4時30分まで,専門外来診察助手
      午後4時30分から午後6時まで,自己研修
      午後6時から午後11時まで,点滴・採血及び診察助手

(カ)死亡当日(8月15日(土))の業務

Eは,8月15日いつものとおり,午前7時30分に被告病院に出勤し,直ちに耳鼻咽喉科病棟の各ベッドサイドにおいて患者5人に対し点滴を施注し,患者10人から検査のため採血をし,午前9時から外来診察助手として診察医の指示の下に主に診察・治療を見学並びにカルテ記入等を行い,午後は嗅覚検査を行っている。そして,午後4時に退出し,自宅に帰った。

(キ)業務時間

Eの勤務時間は,1日15時間以上と異常に長時間である。なお,Eは,被告病院において研修医として勤務するのに先立ち,平成10年5月6日から同月31日までの間,見学生として被告病院において研修しているが,その間においても1日15時間もの研修に従事していた。そして,平成10年5月6日からの過酷な日常勤務に加えて,翌日にまたがる手術の立会いや泊まり込みの副直(副直明けも通常の日常業務を行っている。)をこなすことにより,Eには疲労が蓄積していった。

(ク)業務の内容

研修医は,基本的な検査法について自ら検査を実施し,結果を解釈でき,基本的治療法(薬剤の処方・輸液・外科的治療等)の適応を決定できる等の重要な事項に参加し,基本的診療に必要な知識・技術並びに患者の心理的・社会的側面等を含む全人的対応を身につけることを目標としているものであり,その内容は,患者の生命に係わる重要で責任の重いものである。

初めて医療現場に直面し,これから研修して一人前の医師になろうとする研修医,特に研修開始直後の研修医は,その内容においても,はなはだ強い精神的緊張を強いられ,毎日毎日の研修が緊張と疲労の連続である。

しかも,Eは,研修の過程で点滴ミスを犯しており,極めて真面目な性格であったEにとって,かかるミスの発生自体が強い衝撃を及ぼし,極度の緊張とストレスを強いるものであったとともに,この事故以後,日常の業務に一層の緊張を強いられ続けた。

【被告の主張】

ア(ア)Eの死因については,その病理剖検も行われておらず,不明というほかはないが,心筋梗塞は,冠動脈の一部が閉塞し,血液が流れなくなった部分の心筋が壊死に陥る心臓疾患であり,胸部に激痛を伴うのが一般で,早期に適切な治療を施せば,ほとんどの場合死の結果を回避することができ,発症後まもなく死亡(突然死)することは考えにくい。また,心筋梗塞による突然死の頻度が最も高いのは40歳代後半以降であって,20歳代では,極めてまれである。

Eの場合,急性心筋梗塞の可能性が完全に否定できるとまでの断定はし難いが,Eが大学1年生時にとった心電図を検討したところ,心電図自体は正常範囲であるが,ブルガダ型心電図(器質的な心疾患は認められないが,特発性心室細動により,突然死に至る可能性のある症候群−ブルガダ症候群の症例者に見られる心電図)に似た兆候も認められることが判明した。断定はし難いが,過去に失神発作の既往があるか,又は家族歴に突然死の例があったとすれば,ブルガダ症候群の症例者であった疑いがある。

もちろん,ブルガダ症候群の心電図波形を有しているからといって,それが直ちに死の結果をもたらすことを意味しないことはいうまでもない。しかしながら,ブルガダ症候群の素因があったことに加え,臨床研修のために独身生活を始め,そのために栄養のアンバランス(潜在性脚気)が加わり,心室細動発作で急死した可能性が高いと推定される。

(イ)Eの研修内容は,後記イのとおりであり,その時間・内容からいって,量的・質的にも過重な研修とはいえず,死亡前の8月10日から8月15日までの研修の量・質も,特に過重な精神的,身体的負荷を与えたものではなく,特に,死亡直前の8月15日は土曜日で午後2時には病院を退出しており,直近の8月3日から9日までは,夏休みと教授宅訪問で,日頃の研修より解放された期間であった。

また,Eは,8月15日,午後2時ころに研修を終え自宅に戻った後,午後7時ころから午後10時ころまで同僚研修医らと食事をし,歓談してマンションに戻り,さらに翌日にも会食を予定していたのであるから,Eのこのような行動からして,同人が過労状態にあったということはできない。

したがって,Eの死亡と被告病院での研修とは相当因果関係がない。

イ Eの研修内容は次のとおりである。

(ア)日常の業務

研修医は,少なくとも当初3か月くらいの間は,外来診療や手術を見学し,カルテの取り方,診療の仕方や治療方法を身につけていくことになる。Eは,平成10年6月1日に研修を開始したもので,死亡時点においてもいまだ3か月を経ておらず,その研修内容は,専ら指導医の治療を間近で見聞し体験する見学を中心とするものであった。

通常の研修は,午前7時30分に入院患者からの採血(朝食前),午前8時の食事後,午前9時までに入院患者に点滴を行う(この間,他の2名の研修医と一緒)。これは注射,採血という基本的手技の研修を兼ねている。この採血,点滴は,必ず入院患者全員に対してなされるというものではなく,主治医が必要と判断した患者に対してのみなされるものである。

午前9時以降午後4時30分ころまでは,昼食時間をはさんで,一般外来,専門外来の診療への立会,見学を行う。これはほとんど見ているだけで,この間に研修医が直接患者の診療に当たることはなく,研修医が直接カルテに記入することもほとんどない。もっとも,研修医であるEは,補助作業(カルテに書かれた薬剤等の処方,検査の指示を見て,処方箋,検査申込書への転記等を行う。)もしていたが,これも数分で終わる程度の簡単なものであった。日によって,手術,回診などがあるときは,外来診察の見学にかえ,手術,回診の見学が行われた。

外来診療の時間がずれ込むこともあるが,午後4時30分から午後6時までは,特段のカリキュラムはなく,自己研修時間(自由時間であり,その使い方は各人の自由で,休憩,軽い食事,読書等にあてたり,カルテの見直しや指導医への質問に当てたりしている時間)である。したがって,この時間の行動は,研修医であるEの自由な判断に委ねられていた。

午後6時からの入院患者の夕食の後,午後6時30分から午後7時まで,研修医3名で入院患者に点滴を行い,これで1日の研修を終える。

午後7時以降は,研修医が帰宅することの妨げは全くなく,他方,当日の研修の整理,同僚との討議,指導医への質問のため在院することも妨げられていないのであるが,在院するのは自己研修のための自学自習であり,被告病院の命令によるものではないのであって,指導医が居残りを指示したりすることもない。したがって,午後7時以降のEの時間の使い方は,同人の自主的な判断に委ねられているものであって,被告がEの行動を拘束するようなことはない。研修医が自分の勉強のためにカルテを診るということはあったかもしれないが,被告病院や指導医がカルテの整理・採血の分析を研修医に命じたことはない。ただ,研修医としては,少しでも耳鼻咽喉科のことを知りたい,覚えたい,指導医から学びたいということで,昔から,指導医がアルバイト先から戻ってくるのを待つのが普通となっていて,Eなど研修医は,この間,寝ているときもあり,お互いに耳を見て勉強したり,本を読んだりしていたこともあった。

(イ)土日・祝日

外来診療日である第1,第3,第5土曜日は,朝の採血・点滴のあと昼食をはさんで午後1時か2時ころまで外来診療の見学をするというのが通常である。

外来休診日である第2,第4土曜日,日曜日,祝日は,外来は休診で,基本的には研修も行われない日であるが,入院患者に対する採血と点滴だけは,3名の研修医(E,H,I)が交替でこれを担当していた(ただし午前のみ)。

(ウ)副直

副直は,指導医が当直をする時などに,当直医の了解のもとに,病院に泊まり,当直医が診療にあたる際にその診療行為を見学するために行われるもので,特段のことがなければ,夜12時ころには就寝していた。

病院に泊まり込む当直は,指導医がこれを担当し,研修医は副直として泊まり込むが,当直が記録する医師当直日誌によるとEの副直は7月4日(当直医F)と同月8日(当直医M)のみである。

奨学金の支給を受けるため本人が提出した研修記録簿にはあと4回副直が記載されているが正しくない。

副直は,当直医が夜間緊急患者の診療・処置をするのを見学することを目的とし,専ら本人の意思,希望により認められるものであり,研修義務としてなされるものではない。

(エ)夏期休暇

7月下旬から上記3名の研修医は,交替で夏期休暇を取得しており,Eは,8月3日(月)から同月8日(土)まで,夏期休暇を取得した。そして,Eが,8月3日,4日,6日,8日の4日間,被告病院に来たことは確認されていない。ただし,同月5日(水)は,G指導医が午前11時ころ病院に出て患者を診るというので,Eも病院に顔を出し,Gの処置を見学した後,正午ころに2人で昼食を取り別れている。同月7日(金)は,G指導医の外来診療日であったので,Eも午前9時すぎから昼食をはさんで午後3時30分ころまで病院にいて,顔面神経外来患者2,3人の診療前問診をした。同月9日(日)は,他の研修医らと京都のN宅に招待され,午後0時30分ころ病院で待ち合わせて出かけている。Eは,待ち合わせまでの時間に,耳鼻咽喉科病棟で2人くらいの入院患者の処置(4,5分程度で終わるもの)を手伝った。このような夏期休暇期間中の見学や処置の手伝いは,Eが自発的にしたもので,研修医の義務としてなされたものではない。被告病院の処置体制が人手不足で,Eが夏期休暇期間中でも自発的に出勤しなければならないような状況であった事実はない。

(オ)直前の業務

a 8月10日(月)

午前7時30分ころから午前9時ころまでの間,入院患者の採血,点滴を行った。午前9時ころから昼食をはさんで午後2時までの間,外来診療の見学をし,その後回診に同行,午後3時ころまでの症例検討会に出席した。午後5時ころから午後6時ころまで,指導医ガーゼ交換等の処置を見学,手術の説明を受けたりした。午後6時ころから午後7時ころまでの間,入院患者の点滴を行った。午後7時すぎころ,同僚のI研修医と2人で手分けをして8人くらいの患者に対する麻酔の申込手続をし,I研修医の手が空く午後9時ころまでの間は暫時休憩,午後9時ころから約1時間,I研修医と互いに耳の見方,鼻の見方を練習,午後10時ころ,I研修医とともに病院を出,2人で少し話をした後,午後11時すぎころ帰宅している。

b 8月11日(火)

午前7時30分ころから午前9時ころまでの間,入院患者の採血,点滴(3人くらい)を施行。午前9時ころから昼食をはさんで午後4時30分ころまで外来診療の見学をし,その後午後6時30分ころまでの間は自由時間。午後6時30分ころから約30分の間に入院患者に対する点滴を行い,午後7時ころ終了。

その後は自主研修で外来,入院患者のカルテを見たりしていた。午後9時30分ころ病院を出ている。

c 8月12日(水)

午前7時30分ころから午前9時ころまでの間,入院患者7人くらいから検査のための採血,5人くらいに点滴を施行。午前9時ころから昼食をはさんで午後4時すぎころまで,外来,特殊(専門)外来の診療を見学し,その後は午後6時すぎころまで自由時間であった。午後6時すぎころからの入院患者に対する点滴の後,予定されていた抄読会は中止になった。

d 8月13日(木)

午前7時30分ころから午前9時ころまでの間に入院患者に採血,点滴(各3から4人)を施行。午前9時ころから約1時間外来診療を見学した後,午前10時ころから午後4時ころまでの間,甲状腺腫瘍の手術を見学した。Eは,手術のビデオ撮影(ただし全時間ではなく,要所要所の撮影)を担当した。昼食は交替でとった。午後4時ころから午後6時すぎころまでは自由時間,午後6時過ぎから午後7時ころまでの間に点滴終了。以後自主研修。

e 8月14日(金)

午前7時30分ころから午前9時ころまでの間に,入院患者に採血,点滴(各5人くらい)を施行。午前9時ころから昼食をはさんで午後4時30分ころまで,外来,専門外来の診療を見学し,午後4時30分ころから午後6時過ぎまで自由時間,午後6時過ぎから午後7時ころまで入院患者に対して点滴を施行した。その後は自主研修。G指導医は午後5時ころ所用のため病院を離れ,午後9時ころ帰院したが,Eはまだ在院しており,Gともに更衣室に行って更衣,午後9時すぎに病院を出ている。

(カ)事故当日

Eは,午前7時30分ころから午前9時ころまでの間に入院患者約1名の採血,約3名の点滴を施行し,午前9時ころから午後2時ころまでの間,外来診療を見学し,外来検査(嗅覚検査)を施行した。この日,昼食は午後2時以降になったと思われる。午後2時ころ研修は終了し,以降は自由時間で,帰宅してもよかったが,会食の予定があったため,午後6時すぎころまで在院した。午後6時すぎころ,Eは,同僚研修医のH,看護婦のO,Pと待ち合わせ,メキシコ料理店で会食した。Eは,日本酒を一口飲んだが,「まずい」と言ってあとは飲まなかった。午後10時ころ食事を終え,その後写真を撮り合って解散した。Hは午後11時ころ,Eのマンションの前で同人と別れている。

Eは翌16日にも,耳鼻科の先輩であるQ医師と出かける約束をしていた。

(キ)研修時間

研修医が病院にいる時間は,午前7時30分から午後7時までの延べ11時間30分であるが,この間には,午後4時30分から午後6時までのいわゆる自己研修時間(休憩も兼ねている)の外に休憩・待機時間として30分ないし1時間あるので,研修時間は約9時間である。また,平成10年8月3日から同月8日まで夏期休暇期間(9日は日曜日で休診日)で,比較的ゆったりした生活環境にあったこと,同月10日から14日までの5日間の研修内容は見学が中心で,特に精神的な負担が大きいとはいえないこと,同月15日は午後2時に研修が終了していることなどからすると,Eの研修が,量的に過重な研修であったとはいえない。

(ク)研修内容

研修医は,主治医と異なり,患者の病状・治療法の選択・投薬の決定を自らの責任でなすものではなく,主治医のこれらの診断・治療を見聞きし,観察する等して研修する者であり,責任の軽重・緊張度ないし疲労度には,主治医とは相当な違いがある。しかも,Eが研修に入ったのは6月1日であり,臨床研修開始後3か月を経ておらず,専ら指導医の治療を間近で見聞し体験する見学を中心とするものであった。

また,入院患者,外来患者と接する治療時間帯も,主治医や他の2名の研修医,看護婦とも一緒であり,特殊・高度な緊張を要するものではない。

したがって,Eの研修は,質的にも過重なものではなかった。

(2)争点(2)(被告は安全配慮義務に違反したか。)について

【原告らの主張】

ア Eと被告との関係

Eは,被告の指揮監督のもとで勤務していた。具体的には,平成10年6月及び7月はF医師が,同年8月はG医師が指導医としてEの指揮監督に当たっていた。

イ 労務軽減義務違反

被告は雇用主として,研修医であるEの業務時間,業務状況を把握し,かつ管理し,過剰な長時間労働により,その健康が侵害されないよう配慮すべき義務を負っている。

被告は,Eが,患者の生命・身体に重大な結果をもたらす業務にたずさわり,毎日15時間以上という異常な長時間労働に従事していることを知り,または知りうべきであったにもかかわらず,同人の長時間労働を軽減させるための何らの措置もとっていない。

他の研修医に前例がないからといって,Eにも同様異常があるはずがないとするのは誤りで,個々の身体・精神について,総体的に異常が認められるかを判断すべきであるとともに,特に研修医という初心者につき,仕事の量及び質から来る精神的な面での過労と為っていないかを個々に判断すべきである。したがって,外観的に肉体的な異常の訴えがないからといって,これを放置することは許されず,客観的な仕事の量及び質を考慮して,経験則上特に精神面での異常がおこりうる可能性の有無を判断し,事前に事故を回避すべき安全配慮義務がある。

【被告の主張】

ア Eと被告との関係

臨床研修医は,医師免許取得に引き続き医師法第16条の2の規定に則り臨床研修教育を受ける者であって,その身分はむしろ大学院生に近く,病院に従属する労働者として労務を提供しているわけではない。研修医に給付している月額6万円の金員は,C大学臨床研修奨学金規定に基づく奨学金であって,賃金ではない。また,研修をどこの病院で受けるかは,当該医師の自由選択に委ねられており,かつ,当該医師と選択された病院との間で労働契約を締結することまで規制されていない。したがって,臨床研修医の研修は,自己研鑽を目的とする自己完結的なものであり,労働者としての使用従属労働ではない。すなわち,被告病院における1年目の研修の実際は,患者に対する指導医の診断を見学し,自分で理解するための予習復習を日々,時間単位でこなし,その過程で,さらに指導医の指導を受け,同僚医師との討議,知見の交換をなし,研究会にも参加してゆくのであり,これらは専ら,自分を一人前の医師に育てるためのもので自分のための自分に向けられた研鑽努力である。したがって,その一部に採血点滴業務等が含まれていてもこれも研修の一環として医師の最低限修得すべき技能の修得のためであり,それがあるゆえに,過半の時間も含め11時間30分すべてが病院への従属労働だということにはならない。

Eは,被告のもとで研修をしていた者であり,研修医が研修教育を受けるについて,被告がこれを指導,監督することはいうまでもないが,勤務していたものではない。

被告は,Eに対し,研修医に対する安全配慮義務を負う者であるが,雇用主(使用者)としての安全配慮義務があるわけではない。

イ 労務軽減義務違反

Eの研修内容は,他の研修医と全く同様であり,長時間の過酷な研修を強いたということはない。

Eからも,指導責任者(N教授),医局長(R講師),直接研修を指導する指導医らに,特に健康上の異常を訴えるということはなかった。

したがって,被告がEに対し,特に研修を軽減する等の措置をとるべきであると判断する状況になかった。

本件死亡は,被告において,その予兆さえ発見できなかったものであり,これを予見し回避する措置をとる前提を欠き,被告に安全配慮義務違反はない。

ウ Eの過失

Eは,既に国家試験も通り,医師免許を取得しているのであるから,自己の心身の状況は自ら管理する能力を十分有しているはずであるし,そうすることが期待されている。もし,Eの生活状況が乱れ,栄養のバランスを崩していたものとするなら,第1次的にはそれはEの自己管理の問題でなければならない。心身に変調を来していたとするならば,その不調を自覚し,被告病院で早期に検査を受け,または他の医師の診察を受けることは容易にできたのに,そうしてはいない。

また,仮にEの死因が心筋梗塞であるとすれば,心筋梗塞は,冠動脈の一部が閉塞し,血液が流れなくなった部分の心筋が壊死に陥る心臓疾患であるが,胸部に激痛を伴うのが一般で,早期に適切な治療を施せば,ほとんどの場合死の結果を回避することができ,発症後まもなく死亡(突然死)することは考えにくい。被告病院には,心臓血管病センターがありCCU(冠動脈集中治療室)が設けられていて随時処置が可能であった。Eは被告大学を卒業した医師であり,そのような症状を自覚したとすれば,救急車を呼ぶだけでよかった(同人宅から病院までは,自転車でもわずか5分程度)。

(3)争点(3)(Eの損害額)について

【原告らの主張】

ア 逸失利益 1億2975万0867円

Eは,死亡当時26歳の独身男性で,平成10年6月1日から平成12年5月31日までは,被告病院の研修医として勤務し,月額6万円の給与を受けることになっていたが,その後は勤務医師として就業することとなっていた。Eは,少なくとも平成12年6月1日(満27歳)からは,勤務医師として就業可能であるから,その逸失利益は,平成10年版賃金センサス第3巻第3表男子医師の平均年間給与額1199万0100円を基礎として,稼働可能期間を27歳から67歳までとし,年収から生活費50%を控除したものに新ホフマン係数21.643を乗じた額となる。

(計算式)1199万0100円×(1−0.5)×21.643=1億2975万0867円

イ 慰謝料    2500万円

Eは,将来を嘱望された医師であり,本件事故により生命を奪われたもので,その無念さは察するに余りある。

ウ 葬儀費用    726万9325円
   葬儀費用 555万9325円
   墓碑建立費用 171万円

エ 弁護士費用 1000万円

原告らは,本件訴訟追行を弁護士に委任し,各自500万円を報酬として支払うことを約した。

【被告の主張】

争う。なお,原告らは,逸失利益として,医師の賃金センサスを援用しているが,Eが,研修期間経過後どのように就業するかは未定である。

第3 争点に対する判断

1 争点(1)(Eの研修と死亡の間には相当因果関係があるか。)について

(1)総論

前記第2の1(2)記載のとおり,Eの死亡届書及び死体検案書には,直接の死因として「急性心筋梗塞疑」と,その原因として「虚血性心疾患疑」と記載されているので,少なくともEの死因が急性心不全であり,Eを検視した医師は虚血性心疾患を原因とする急性心筋梗塞の可能性が高いと考えたものと認められるが,その死後病理解剖等がなされていないため,死因となった疾病を解剖医学的に明らかにすることは不可能である。

しかしながら,本件においては,Eの死因となった疾病の医学的解明それ自体が問題なのではなく,Eが従事していた研修とEの死亡との法的な意味での相当因果関係が認められるかどうかが問題なのであり,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,事実と結果の間に高度の蓋然性を証明することであり,その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りると解されるから,解剖所見が得られていない本件においても,証拠によって認められる医学的知見をもとに,Eの生前の健康状態,死亡に至る情況等諸般の事情を経験則に照らして総合検討し,Eが従事していた研修とEの死亡との間に因果関係の高度の蓋然性が証明されるかどうかを検討すれば足りると解される。

(2)前提事実(Eの研修経過等)

ア Eの健康状態(研修開始前)

証拠(甲15,乙6,原告A本人)によれば,Eは,中学1年生から陸上部に入部し,以後陸上競技を続け,平成4年4月にC大学入学後も医大の西日本大会に毎年出場し入賞もするほどで,身長180㎝,体重70㎏の体格のいい青年であり,心臓疾患に関連する既往症があったとは認められないこと,大学在学中毎年4,5月ころ行われた健康診断でも,平成9年4月8日の心電図検査で右脚ブロックと診断された以外には,特に異常は認められなかった(ただし心電図の所見については,本訴において被告からブルガダ症候群であるとの指摘がなされている。)こと,及び喫煙はせず,飲酒量も人並みであったことが認められる。もっとも,研修開始直前に健康診断は行われていないため,そのころのEの健康状態についての詳細は不明といわざるを得ないが,証拠(甲15,原告A本人)によれば,少なくとも,研修開始直前のEの様子は健康そのものであったことが認められる。

イ Eが従事していた研修について

前記争いのない事実等及び証拠(甲3ないし6,8,11の2・4・11・12・15・32,15,25,乙2の3,3の1・2,乙4,5,9ないし14,16,18の1・2,20の1・2,証人F,同G,同H,同I,原告A本人)と弁論の全趣旨によれば,Eが従事していた研修について,以下の事実が認められる。

(ア)研修医制度について

被告病院耳鼻咽喉科で研修を受ける研修医は,「耳鼻咽喉科領域の疾患,解剖を理解し,基本的な一般的処置,検査及び技術を習得し,さらに耳鼻咽喉科領域のもつ患者の問題点,苦痛を理解する能力を有する医師」となることを目的として,1年目を被告病院で,2年目を関連病院で研修するシステムとなっている。研修は,医籍登録がされるまでは見学生として,医籍登録がされてからは研修医として行われ,1年目には,被告病院耳鼻咽喉科の外来及び病棟において,①外来診療における病歴聴取を行い,耳鼻咽喉科領域の基本的な外国語(英語,ドイツ語)によるカルテの記載力,読解力を獲得する,②外来診療で各種器具を用いて耳鼻咽喉科領域の局所所見の観察を行う,③各種聴覚検査,前庭平衡検査,顔面神経機能検査,鼻アレルギー検査,唾液腺機能検査の技術習得及び解析能力の修得を行う,④耳鼻咽喉科領域におけるX線診断,RI診断,MRI診断の読解及び解析能力の修得を行う,⑤外来診療における耳処置,鼻処置,咽喉頭処置の診療技術や鼻出血の止血処置,上顎洞穿刺,鼓膜切開等の小手術の修得を行う,⑥指導医の下で扁桃腺摘出術,鼻副鼻腔手術,気管切開術,頚部手術の技術の習得する,⑦病棟において20から30名の各種疾患患者の主治医を受け持ち,疾患の理解及び患者の問題点を理解する能力を養成するとともに,医師としての必要な態度を修得するものとされている。この主治医の受け持ちについては,研修医としての研修開始後4か月目ころ(1年目の9月以降)から行うことが予定されていた。

(イ)指導医等

Eは,平成10年5月6日から見学生としてH及びIとともに被告病院耳鼻咽喉科で研修を開始し,同年6月1日以降は研修医として研修し始めたが,Eの指導医は,6月及び7月がF医師で,8月がG医師であった。なお,見学生時代は,まだ医師の免許がないころであるが,指導医による指導のもと点滴,採血をすることもあり,その他の研修内容は,研修医のころとほとんど変わらなかった。

(ウ)平日の研修内容

a 午前7時30分ころから,朝食前の入院患者3から4人の採血をする。患者らが朝食を摂取した後,午前8時30ころから午前9時ころにかけて点滴を実施する。Eは,研修開始当初,採血・点滴を上手にすることができず,1人の患者に2,3回針を刺してもうまくいかないことがあり,指導医や患者から怒られたりしたことがあった。

b 午前9時から,一般外来の診察が始まるので,Eは,指導医らから診察のポイントの指導を受けながら,指導医らがカルテに記載した検査について検査申込書の記入を行い検査を予約し(シュライバー業務),薬の処方箋を記入したりし,また,実際に検査を行う外廻り業務において,検査の見学や点滴・注射等をし,初診の患者に予備的な問診をし,投薬だけのために来院した人に処方箋を書き,外部の病院の予約を取り,細胞をとる検査の手伝いをするなどしていた。このうち,検査の予約をとるシュライバー業務は,慌ただしい中で,患者に対し,検査の趣旨・目的を説明し,患者に検査を受けることを納得させた上で,患者の予定に合わせて日程を組み,次の診察日に間に合うように何種類もある検査を漏れなく指示しなければならず,仮に検査を予約し忘れてもそれを確認する人がいないため,まだ慣れていない研修医にとってその負担は重いと感じられていた。なお,一般外来の診察は,通常,午後1時30分ないし午後2時に終了した。

c 被告病院では,午後は専門外来又は回診(回診は月曜日のみ)があるので,Eは,診察に立ち会って見学した。専門外来の見学の場合には,上記b記載の診察補助に当たることもあった。専門外来の診察は,通常,遅くとも午後4時に終了した。

d 一般外来と専門外来とは時間的に連続していることが多かったため,Eは,専門外来の診察が終わった午後4時ころに昼食をとることが多かった。

e 午後4時から午後6時30分ころまでは,手術(火曜日及び木曜日),症例検討会(月曜日),抄読会(水曜日)を見学し,麻酔申込という検査した患者の検査データを書き込む作業を行い(月曜日),外来の検査伝票を補充し,手術予定を手術場に連絡するための準備表という申込用紙の記入など諸々の残った仕事をし,指導医が主治医を務める患者の処置の見学・補助をしていた。また,この時間帯に耳鼻科総論,カルテドイツ語,検査一般等の各種座学が行われることもあった。

なお,被告はこの時間帯は研修医の自由時間であると主張するが,上記研修実態に照らせば,研修医がこの時間帯に十分な休憩をとることは事実上不可能であったと考えられる。

f 午後6時30分から午後7時までは,入院患者に対して点滴を実施した。

g 午後7時で被告病院において明示的に研修医の義務として予定されている研修は終了するが,午後7時以降も,永年の慣行として,被告病院における研修医は指導医と行動を共にして研修を行うことが当然のこととされていて,研修医は,指導医が病院にいる限り,被告病院にとどまることが常識となっており,指導医が病棟において入院患者の処置をする場合にはその見学や手伝いをしたり,カルテを閲覧して治療方針を検討したり,手術を見学したりした。また,指導医がアルバイト(週2回)のため不在の場合には,指導医がアルバイト先から帰ってくるのを,指導医以外の医師の処置を見学したり残務の処理をしたりしながら待っていた。そのため,アルバイト先から直接帰宅する指導医は,被告病院に架電し,その旨研修医に連絡するようにしていた。また,8月以降ではあるが,指導医に代わって入院患者の処置をすることもあった。

h Eは,通常,午後10時ころには,Hとともに被告病院を退出し帰宅していた(Iは女性であることもあり若干早く退出していた。)が,手術が午後10時を超える場合には,手術を見学し,手術が終了した後被告病院を退出していたもので,遅いときには翌日の午前2時過ぎになることもあった。なお,夕食は,通常,被告病院を退出後にとっていた。

(エ)日曜祝日,土曜日の研修内容

a 第1,第3,第5土曜日

午前の診察のみが行われるので,上記�a及びbの研修を行った。また,被告病院では,土曜日の診察日に嗅覚検査が行われていたところ,Eは,8月ころから同検査を行うようになっていた。

b その他の土曜日及び日曜祝日(休診日)

証人Iは,休診日は3人のうち1名が交替で朝の点滴等をやっていたと証言しているが,同時に同証人は,同証人の夏休み後半には3人の内1人が抜けるとやはりしんどいかなと思って午前中被告病院に来たりしていたとも供述しており(乙14),3分の1以上出勤していたのではないかとも思われるだけでなく,同じくEの同僚であったHは,土日でも休みなしで毎日午前7時半に被告病院に行ったと供述しており(乙13),これに研修記録簿の毎土日出勤の旨の記載(甲6の26・27枚目)及びEが被告に対して提出した見学生許可願(甲8)には研修従事時間が週7日で1日15時間と記載されていることや,指導医は休診日でも相当の頻度で出勤していたところ指導を受ける研修医もその出勤に合わせて被告病院に行き指導医が行う処置の見学や補助等をしていたこと(証人F,同G)などを考慮すると,Eは休診日の内(欠勤が明らかな日を除き)その4分の3につき午前7時30分から午前12時まで前記�aの研修を行うとともに,指導医による入院患者の診察の補助等をしたと認めるのが相当である。

(オ)副直

指導医が当直している場合には,原則として副直として被告病院内で仮眠をとりつつ待機し,救急患者が外来診療を受ける際,指導医の処置を見学するとともに,その補助を行っていた。なお,副直明けの日も通常どおり上記�及び�の研修を行った。

(カ)夏期休暇について

8月3日(月)から同月8日(土)までは,Eの夏期休暇期間であったが(ただし8日は第2土曜日であり休診日にも当たる。),指導医が被告病院に出勤する場合には,研修医という立場上,Eも被告病院で研修を行ったため,この期間中にEが実際に休んだのは,8月3日,4日,6日,8日の4日間であった。

(キ)その他

Eは,睡眠時無呼吸症候群の検査入院をした患者の主治医をしたことがあった。また,Eはポケットベルを持っており,研修時間外であっても,ポケットベルにより常時連絡を取れる体制に置かれ,現実にも頻繁にポケットベルにより被告病院から呼び出されていた。Eの死亡する前日である平成10年8月15日にも,指導医のGからポケットベルで呼び出しがあり,翌16日(日)に被告病院の入院患者2,3人の病状診察をすることを依頼されていた。

(ク)奨学金について

被告病院において臨床研修を行う研修医には,臨床研修奨学金制度が設けられ,その支給額は月額6万円とされていたが,上記副直を行った場合には,1回につき,1万円を日直又は宿直手当てとして支給することとされ,毎月末(30日)に支給することとされており,源泉徴収されていた。

(ケ)研修時間について

Eの具体的研修時間の詳細は別紙「Eの研修時間」記載のとおりであると認められる。なお別紙のとおり認定することについて補足する点は,次のとおりである。

a 平日の研修時間は,原則として午前7時30分から午後10時までのうち13時間(多めに見て合計1時間30分程度の休憩があったと考える。)と認められる。午後7時以降の研修は,そのすべてが被告病院によって明示的に予め義務付けられた研修だというわけではないが,Eが特に被告病院で研修した他の研修医と比べて1人だけ遅くまで被告病院にとどまって研修していた事実はなく,被告病院の研修医は最低限指導医が帰宅するまでは被告病院にとどまって研修を行うのが慣例となっており,Eのような研修時間は被告病院で研修する研修医の永年の慣行として常態化していたと認められる。そして,このような研修実態は,被告も十分把握した上でこれを当然視し,帰宅を促すこともなく,上記研修実態を容認し奨励さえしていたと考えられ(甲8),後述する被告の安全配慮義務違反の有無を検討するに当たっては,このような研修実態を前提として検討すべきであるから,Eの研修と死亡との因果関係を検討するに際しても,午後7時以降の研修も含めて判断するのが相当である。

b 休診日については,前記(エ)bのとおり,欠勤が明らかな日を除き,その4分の3につき午前7時30分から午前12時まで研修を行ったと認めるのが相当であるが,その際の研修時間は4時間と認める(30分の休憩があったと考える。)。

c 手術が午後10時を過ぎて終了している日付(6月18日,23日,25日,7月9日,30日)については,手術の終了時刻から研修を終えた時間を推測した。

d 平日のうち自宅から最初に電話をかけた時間が午前0時ころ又はそれ以降となっている日付(6月22日,7月7日,10日,15日,17日,23日,24日,8月10日,11日,12日)については,もっと早く帰宅していれば,もっと早い時間に電話をするのが通常と考えられることから,電話をかけた時間を参考に研修を終えた時間を推認した。他方,午後10時ころ又はそれ以前に電話をかけている日付(6月11日,30日,7月1日)についても,電話をかけた時間をもとに研修を終えた時間を推認した。

e Eが副直をした日付について

Eら研修医は日々の研修内容を研修記録簿(甲6の26・27枚目)に記入していたことが認められるが,研修医が全く虚偽の研修内容を研修記録簿に記入するとは考えられない一方で,当直記録(乙4)はその記載の仕方からして副直者名が必ず記載されているとまで認めることはできないことから,Eが副直をした日付については,原則として,研修記録簿(甲6の26・27枚目)に従い認定した。

なお,研修記録簿上副直したと記入されている6月1日について,証人Fは研修初日なので副直をさせていないと証言しているが,前記(イ)のとおり,Eは,見学生となった5月6日から,実質的な研修を開始していたと認められるから,証人Fの証言は直ちに信用することができない。そして,証拠(乙4)によれば,6月1日の当直は当時Eの指導医であった証人Fであったと認められるから,この日もEは副直したと認められる。

他方,研修記録簿上Eが副直したと記入されている6月14日について,証人Hは研修医3名全員が同門会に出席したと証言しており,この日に副直したとは認められない。また,研修記録簿上Eが副直したと記入されているものの,電話記録(甲6の16ないし25枚目)でEの自宅からの架電が確認される日付(7月8日),及び当直記録(乙4)に副直として別の研修医の名前が特に記載されている日付(7月13日,同月16日)についても,副直したとは認められない。副直した際の研修時間については,仮眠時間を4時間と見て計算した。

f 夏期休暇期間について

夏期休暇期間のうちEが被告病院で研修をしたと認められる日付については,被告病院で研修する以上,朝から研修していたものと認めるのが相当であるから,研修の開始時刻は通常の場合と同じく午前7時30分と認められる。

g その他

6月13日(土)及び7月20日(祝)は,休診日であり,自宅からの架電状況からして,Eは被告病院での研修を行わなかったものと認められる。また,7月19日(土)は,前日からの医局旅行のため,Eは被告病院での研修を行わなかったものと認められる。

(コ)研修中のEの様子について

a Eは,被告病院の研修中,少しでも時間があれば専門書を読んで調査したり,指導医に質問するなど,社会一般の水準からいえば真面目な者が多いと考えられる研修医の中にあっても,特に研修態度が真面目で,研修への取り組み姿勢も熱心であった。

b Eは,研修開始当初,点滴・採血の針が上手く血管中に入らないことが度々あるとともに,研修中,何度か検査予約をし忘れたりして指導医等から注意を受けたことがあったが,7月ころ,患者を取り違えて点滴をしてしまうという重大な失敗を犯してしまった。Eは,このことで,耳鼻咽喉科の責任者である病棟医長から直接厳重に注意・指導を受け,また,E自身,自分のミスにかなり精神的に落ち込んでいた。

c 研修開始後,Eら研修医はお互いにしんどいと言い合うことが多かったが,特にEは,研修中も何回か立ったまま居眠りをしてしまうほどの睡眠不足に陥り,肉体的・精神的疲労を感じるようになるとともに,研修開始後しばらくしてから,時々,胸痛を覚えるようになった。G医師は,6月か7月くらいに,Eが数秒ほど胸を手で押さえて静止し,唾を飲み込みにくそうにしていたのを目撃して異変を感じ,同じ研修医のI及びHも6月くらいにEから息が数秒間止まって苦しかったとか,胸が苦しく朝起きたら汗が出ていたとかといった話を聞いたことがあった。また,Eは,死亡する直前の平成10年8月8日,実家に戻った際に,家族に対し,「仕事が忙しいので,病院で体を見てもらう時間もない。僕はひょっとしたら倒れるかも知れない。時々,胸が痛む。あまり食事もとりたくない。」などと言ったこともあった。

ウ 死亡時の状況

証拠(甲1,15,乙9,13,証人H,原告A本人)によれば,Eは,8月15日午後7時にH及び看護婦2人と待ち合わせてメキシコ料理を食べたが,その際飲酒することはなく,午後11時ころ別れたこと,自宅に戻ったEは,午後11時29分ころから31分ころまで電話をかけたが,それから約30分後の8月16日午前0時ころ死亡したこと,同月17日午後0時40分ころ,Eは自宅で死亡しているのが発見されたが,そのときのEの様子は,靴下は脱いでいたものの,上着も含めて外出時の服装のままで,胸を手に当てて横になっている状態であったこと,部屋はクーラー,音楽がかけっぱなしのままであったことが認められる。これらのことからすると,Eは,Hらとの会食後帰宅して一休みしたころに死亡したものと推測される。証人Hは,Eが座布団を枕のようにしていたと証言するが,8月15日のHとの会食でEは酒を飲まなかったのであり,それにもかかわらず,自室で,上着も着たままの外出時の服装で,床の上に座布団を枕にして就寝するとは考え難く,死後1日以上経過したEの様子を一瞥しただけのHの証言を根拠にして,直ちにEが就寝後睡眠中に死亡したと断定することはできない。

(3)医学的知見について

ア 突然死に関する統計的考察

(ア)「心臓性突然死」荒川宏,村山正博(甲22の3)

同書籍中,心疾患によるDOA(救急搬送されたときに心肺停止している状態)について記載された文中には,次の記載がある。

「荒川らは,830例の内因性DOAの原因を調査したところ,心疾患が521例(62.8%)ともっとも多く,脳血管障害137例(16.5%)がこれに次いで多かった。これら心疾患によるDOA521例を検索すると,心電図や心筋逸脱酵素の上昇などから急性心筋梗塞の確診が得られたものが87例,胸痛の有無や虚血性心疾患の既往などから急性心筋梗塞が強く疑われたものが189例あり,確診例・疑診例をあわせると521例中276例(53%)が虚血性心疾患によるDOAと考えられた。これ以外に,原因を特定できない『急性心不全』死が208例(40%)あり,この中に含まれる心筋梗塞例を加えると心臓性DOAに占める虚血性心疾患の割合がいかに大きいかを述べている。」

(イ)「突然死の統計的観察」大阪大学医学部法医学教授・四方一郎,同助教授・的場梁次(甲22の2)

同論文は,大阪府監察医事務所における昭和57年から61年までの5年間に剖検された病死例のうち,発症状況がよく分かっているものや,死亡発見でも発症状況が推測されるものを選出し,これらの中から発症から死亡までの時間が24時間以内のものを選出し,その死因を検討したものである。同論文には概要次のことが記載されている。

a 全体の症例数は1230件であるが,そのうち810件が心臓疾患であり,心臓疾患を①虚血性心疾患,②アルコール性,③心筋症,④高血圧症,⑤弁膜症,⑥先天性,⑦心筋炎,⑧その他に分類すると,①虚血性心疾患は620件であり,⑧その他は69件である。なお,上記⑧その他には原因不明の心臓死,いわゆる「ポックリ病」などが含まれている。

b 20から29歳の年齢別症例数は47件であるが,そのうち36件が心臓疾患であり,心臓疾患を①虚血性心疾患,②心筋症,③心筋炎,④その他に分類すると,①虚血性心疾患は10件であり,④その他は15件である。なお,④その他には原因不明の心臓死,いわゆる「ポックリ病」などが含まれている。

c 心臓疾患は,発症から死亡までが非常に短い,いわゆる瞬間死が多く,数分で死亡した者が71.7%,1時間以内に死亡した者が14.7%,24時間以内に死亡した者が13.6%である。

d 既往歴がある者は,全体の81%であるが,心臓疾患を死因とするもののうち34.3%の者が生前健康であった。

(ウ)「原因不明の急性心臓死の組織学的研究」大阪大学医学部法医学教授・四方一郎,同助教授・的場梁次(乙29)

同論文は,昭和48年から昭和52年までの5年間に大阪府死因調査事務所で剖検され,急性心臓死と診断された症例1017例を検討し,そのうち,原因不明の急性心臓死175例中組織保存状態の良い75例について組織学的検索を行ったものである。同論文には,概要次のことが記載されている。

a 各監察医の監察医の診断に従って,①冠動脈硬化性心疾患群,②アルコール性心筋症群,③高血圧性心疾患群,④リウマチ性心疾患群,⑤その他診断名明確な心疾患群(先天性心疾患など),⑥原因不明の心臓死群に分類すると,⑥原因不明の心臓死群は175例である。なお,⑥原因不明の心臓死群には,突発性心筋症や原因不明の心臓死などと記載されていたものの他,心疾患名の記載がなく単に心肥大や心筋変性などを心臓死の原因として記載してあるもの,疾患名に推定又は疑いと付記してあるもの,ならびに心筋虚血や虚血性心疾患と記載されているが,剖検記録上冠動脈異常の認められないものも含まれている。

b 原因不明の心臓死群は,冠動脈硬化性心疾患群やアルコール性心筋症群と比較して10代から30代の若年者が多く30歳半ばをピークとする正規分布を描いた(グラフによると,20代半ばまでは原因不明が他の2者の2倍近い数値となっている。)。

しかし,原因不明の175件のうち病理組織学的及び計測的検討が可能であった75例を検討すると,その半数は冠動脈硬化性心疾患として分類されるべきものであると思われた。これらの症例はいずれも肉眼的に検索しうる範囲では冠動脈に大きな病変は認められず,冠動脈硬化性心疾患群に比べ,平均年齢も低いが,諸外国でも若年層の冠動脈硬化性心疾患による急死の報告は多く,わが国においても同様傾向の表れの一端かもしれない。また,約13%の症例に肥大型心筋症特有の組織所見が中等度に認められ,約26%に軽度に認められ,原因不明の3から4割程度は肥大型心筋症の可能性があると思われる。

(エ)「剖検例より見た突然死の実態」東京都観察医務院監察医長・徳留省悟(甲36の2)

同論文は,東京都監察医務院における昭和61年7月〜12月の突然死剖検例350例中心に死因を検討している。同論文には,概要次の記載がある。

350例のうち,男性で39歳までの剖検例数は55例であるが,それを①心・血管系疾患,②脳血管系疾患,③原因不明のぽっくり病,④呼吸器疾患,⑤消化器疾患に分類すると,①心・血管系疾患は18例で,③原因不明のぽっくり病は21例である。①心・血管系疾患を�虚血性心疾患,�大動脈瘤の破裂,�その他の心疾患(突発性心筋症,突発性心筋炎,高血圧性心肥大,弁膜症)に分類すると,�虚血性心疾患は14例である。

(オ)「ポックリ病」北里大学医学部病理・奥平雅彦(乙23)

同論文は,ポックリ病について検討したものであるが,同論文には概要次の記載がある。

a ポックリ病とは就寝中に突然死するもののうち,剖検上,各種の中毒を含めた外因作用がすべて否定され,かつ,今までに知られている疾患概念に一致する所見を見いだすことができないもののニックネームである。

b 昭和40年1月から昭和42年12月の3年間の自験例217例の死因を検討すると,その内20代の急性心臓死は26例あるが,これを①冠状動脈硬化症(肉眼的に梗塞を認めなかったもの),②心筋梗塞(心破裂を含む),③高血圧性心肥大,④梅毒性心疾患,⑤非梅毒性心弁膜症,⑥心内膜炎,⑦心筋炎,⑧心包炎,⑨原因不明の急性心不全(いわゆるぽっくり病),⑩肺性心(肺結核,気管支喘息による),⑪剥離性大動脈流破裂(心�血腫),⑫その他(心奇形など)に分類すると,①冠状動脈硬化症は2例,②心筋梗塞(心破裂を含む)は0例であり,⑨原因不明の急性心不全(いわゆるぽっくり病)は21例であった。

(カ)まとめ

一般に突然死の原因には心臓疾患とりわけ虚血性心疾患が占める割合が高いが,Eの死亡時年齢(26歳)が属する年齢別集団に着目してみると,上記(イ)の統計では心臓疾患のうち27.8%(10/36)が虚血性心疾患で,41.7%(15/36)がその他(原因不明の心臓死,いわゆる「ポックリ病」などが含まれている。)であり,上記(エ)の統計では25.5%(14/55)が虚血性心疾患で,38.2%(21/55)が原因不明のぽっくり病とされている。なお,上記(エ)の統計では,心・血管系疾患を�虚血性心疾患,�大動脈瘤の破裂,�その他の心疾患(突発性心筋症,突発性心筋炎,高血圧性心肥大,弁膜症)に分類しているにすぎないから,原因不明のぽっくり病とされるものの中には,剖検上原因不明と判断せざるを得なかった様々な疾患(異型狭心症,WPW症候群などによる不整脈死等)が含まれていることになると考えられる。

上記(イ)及び(エ)の統計からすると,Eの死亡時年齢が属する年齢別集団では,「ポックリ病」などが含まれる原因不明の心臓死が虚血性心疾患を上回っているということができる。しかし,原因不明の心臓死とされるものは剖検上原因を突き止められなかったものの集合にすぎず,医学水準の向上に伴って減少するものと考えられる。このことは,統計の基礎データの年代が比較的古い上記�の統計において,原因不明の急性心不全(いわゆるポックリ病)が80.1%と極めて高い数値となっていることからも推測される。そうすると,そのような原因不明の心臓死と特定の疾患である虚血性心疾患の統計とを比較することの意味は少ないと考えられる。また,上記(ウ)の論文によると,原因不明の心臓死の内半数は冠動脈硬化性心疾患として分類されるべきものであり,3から4割程度は肥大型心筋症の可能性があるとされており,この医学的知見を前提とすると,原因不明の心臓死には,剖検上は明らかとすることができなかった虚血性心疾患も含まれていることになる上,Eの死亡時年齢が属する年齢別集団においても,虚血性心疾患がもっとも多い死因ということになる。

以上のことからすると,Eの死亡時年齢が属する年齢別集団においても,突然死の原因としては虚血性心疾患が統計的にみて最も多いということができる。

イ 心筋梗塞について

後掲各証拠によれば,心筋梗塞に関し,次の医学的知見を得ることができる。

(ア)J医師の意見書(甲17)

a 心臓は,冠動脈を流れる冠血流で栄養され,心筋は,冠動脈から持続した血流を受けることにより拍動する。この冠動脈血流が閉塞すると,直後から胸痛が生じる。約1時間閉塞すると,心筋壊死が始まる。約6時間閉塞すると,還流領域の心筋はほぼ大部分が壊死してしまう。

心筋梗塞急性期の合併症としては,ポンプ失調・不整脈・心タンポナーゼ等,致死的な合併症を来すことがある。特に,ポンプ失調による心不全や不整脈は心筋梗塞発症24時間以内は,極めて危険性が高く,急性心筋梗塞は未だに,内科急性疾患の中で急性期死亡の多い重要な疾患である。

b 急性心筋梗塞の発症に至る前駆症状は,胸痛である。この胸痛が2〜3分で消失する時期は狭心症と呼ぶ。狭心症や心筋梗塞は,その発症様式から分類して大きく2種類ある。第1は冠動脈の動脈硬化によるもので冠動脈内に粥種が形成され,それが破綻して血栓を生じ冠動脈を閉塞してしまう。第2は,冠動脈のれん縮(冠動脈壁の痙攣)によるもので,狭心症から心筋梗塞に移行することは少ないが,それでも3年間に約3%の患者が急性死し,その原因は,心筋梗塞と致死的不整脈死である。日本人に多く,比較的若年者でも発症する。

(イ)「急性心筋梗塞発症におけるストレスの影響−最近の知見」順天堂大学医学部内科心臓血管病理学研究室・宮内克己,同室教授・岡田了三(甲14)

a ストレスは,交感神経−副腎髄質系を刺激して,ノルアドレナリン,アドレナリンの増加をもたらし,血圧・脈拍の増加,脂質の異化亢進,フリーラジカルの増加,酸素消費の増加,レニン分泌の低下,インスリン分泌低下,免疫能の減退などを続発させる。この変化が持続すると高血圧,糖尿病や動脈硬化の進展など成人病を憎悪させ,梗塞の下地を作るとされる。その上にカテコールアミンの急性効果として,血小板凝集能の亢進や血中フィブリノーゲンの上昇,アラキドン酸カスケード反応開始,心筋に対する直接障害の発生,急激な血圧の上昇,血管壁平滑筋のトーヌス増大によるスパズム発生などが加わると,アテローム層破綻,血栓形成が進行して,梗塞の引き金が引かれると理解される。

b アテロームの亀裂や破裂が生じる部位の特徴として,①環状硬化基礎病変は軽く,大半が非有為狭窄部位からの進展である。②アテローム自体もコレステロール,細胞外の脂質やマクロファージに富む,柔らかくかつ活動的な組織所見を呈し破裂しやすい条件を備えている。③亀裂部位には血流や圧刺激,血管壁からの張力などひずみが働いている点などが上げられる。

c 60歳以下の若年群の心筋梗塞は,61歳以上の老齢群に比べて,余り強くない冠状動脈の狭窄病変に突然血栓を生じる1枝病の性格があり,発症直前により強い肉体的・精神的ストレス状態にあると考えられ,この機序としては,比較的新しい柔らかいアテローム硬化層がストレスにより増加するカテコールアミンなどで刺激され,破綻して血栓が形成されるという筋書きがもっとも考えやすい。

ウ ブルガダ症候群について

後掲各証拠によれば,被告がEの死因の可能性があると指摘するブルガダ症候群による突発性心室細動について,次の医学的知見を得ることができる。

(ア)「Brugada症候群」NTT東日本関東病院循環器内科・大西哲,東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所循環器内科・笠貫宏ほか(甲22の6)

a ブルガダ症候群は洞調律時に右側胸部誘導で右脚ブロック型とST上昇を伴う特発性心室細動である。わが国及び東南アジアではその頻度が高く,東南アジアの若年者男性に見られる夜間突然死症候群はブルガダ症候群と考えられており,40%が突然死の家族歴を有する。最近,ブルガダ症候群の3家系の遺伝子解析で第3番染色体にあるNaチャネルの機能に関係するSCN5Aの遺伝子に変異が見つかったことから,QT延長症候群と同様にイオンチャネル病として新たに位置づけられ注目されている。

b 突発性心室細動(VF)の初発は平均40歳前後で,圧倒的に男性が多く,しばしば突然死の家族歴を有する。VFは運動中には出現せず,睡眠中に多く,夜間や早朝の安静時に出現する特徴がある。

c VFの発生には自律神経の関与が大きいことが従来より指摘されており,基礎心疾患に伴うVFでは,交感神経緊張亢進と迷走神経緊張低下が関与していると報告されている。これに反してブルガダ症候群では迷走神経緊張亢進と交感神経緊張低下が大きく関与しており,VF発作の出現は,睡眠中に多く,夜間帯や早朝の安静時に見られ,発作前にはしばしば過度の緊張やストレスが関係している。

d VFの既往があるブルガダ症候群においてはその再発率は極めて高く,正常心電図を示すブルガダ症候群以外の特発性VF例に比較して有意に高率である。最近,ブルガダらは,症状を有する症例における3年の不整脈イベントの再発率は30パーセントであり,無症状のブルガダ症候群でも同程度の不整脈イベントが生じたと報告している。一方,わが国の報告では1.2年の短期の観察期間ではあるが,無症状の34例ではイベントは見られなかった。最近,突然死の家族歴を有する無症状のブルガダ症候群や電気生理検査でVFが誘発される無症状のブルガダ症候群に対する予防的なICD植え込みも行われており,無症状のブルガダサインを有する患者をどう扱うかは,今後の課題である。

(イ)「Brugada症候群におけるVF発作の誘因に関する臨床的検討」坂総合病院循環器科・宮沼弘明ほか(甲22の5)

a VF発作は,季節的には6から9月の夏期に多く発症し,1日の時間帯としては夜間特に19〜23時に集中する傾向が見られた。VF発作は主に安静時に見られたが,身体的な背景としては長時間労働などによる過労やストレスなどが誘因となったと考えられる例が多く,発作の予防には日常生活指導が重要と考えられた。

b 今回の対象例において発作時労働時間は週80時間に及ぶ例も見られるなど多くの例が規定を大幅に超えた長時間労働下にあった。過労とはいえない例でも精神的ストレスや発熱等の身体不調があり,すべての例で何らかのストレス状況下にあったと考えられ,これがVF発作の誘因になったものと推測される。過労に伴って自律神経系のバランスが崩れVF発作を誘発するのかもしれないが,一方,今回の我々の検討ではVF発作時には低K血症が見られた。過労等のストレスは自律神経系のみならず低K血症を介してVF発作を引き起こしやすくしている可能性もある。

(ウ)K医師の意見書(乙15)

a 本症候群の診断の糸口は心電図である。多くは不完全右脚ブロックパターンを示すが,この刺激伝導系障害はブルガダ症候群の診断に必須ではない。肝心なのは右側前胸部誘導(V1〜V3)のST上昇である。また,このST上昇は反対側のreciprocalなST低下を伴わないことが特徴である。しかし,現在,循環器専門医であってもいまだ十分この定義が理解され浸透しているとは言い難い。また,正常境界型といわれるもっとも頻度の多い,心電図波形であり,その診断は専門医の知識によらざるを得ない。

b ブルガダ型心電図波形を示した者の突然死の頻度は非ブルガダ型心電図波形を有する健康人のそれと全く差なく,現在までの成績ではブルガダ型心電図波形を有する人の予後が有意に不良であるとは言い難い。

c 一般的に,ブルガダ症候群は中壮年期の男性に多く,20〜30%が家族性に認められると報告されている。日本ではポックリ病として,東南アジアでも夜間突然死症候群の蘇生例の中にブルガダ型心電図異常が認められた例もある。

d ブルガダ症候群による突然死の原因は致死的心室性不整脈とりわけ心室細動によるものである。

(エ)まとめ

ブルガダ症候群は,致死的不整脈(突発性心室細動)を起こした者のうち特殊な心電図波形(右脚ブロック,ST上昇)を示す一群で,遺伝子の変異が関与しているともいわれている。このブルガダ型心電図波形を示す者で突発性心室細動を起こした者の中には,突然死の家族歴を有する者が多く,また,突発性心室細動の既往歴を有する者は,再発率が高く,最近では,突然死の家族歴を有する無症状のブルガダ症候群や電気整理検査でVFが誘発される無症状のブルガダ症候群に対する予防的なICD植え込みも行われている。しかし,ブルガダ型心電図波形自体は,正常境界型といわれるもっとも頻度の多い,心電図波形であり,その見極めが困難であるとともに,上記家族歴,既往歴を有しないブルガダ型心電図波形を示す者がそのような心電図波形を示さない者と比較して突発性心室細動を起こす頻度がどの程度高いのかは,いまだ通説を見ていない。また,ブルガダ型心電図波形を示す者が突発性心室細動を起こす場合には,ストレスが大きく影響していると考えられる。

エ Eの死因に関する意見

(ア)J医師の意見(甲17,27,35)

a Eは,死亡前にかなりの過労状態にあり,睡眠不足・慢性疲労にあったと推測できること,胸痛の自覚を訴えていることから,若年者ではあるが急性心筋梗塞を発症したと考えられ,その蓋然性が認められる。この場合の急性心筋梗塞は,冠動脈のれん縮の関与した心筋梗塞であった可能性もある。

b 急性死の発症数自体は当然中高年者ほど高くはないが,たとえ若年者であっても,発症した中に占める虚血性心疾患は,主要な死亡原因である。

c ブルガダ型心電図波形を示しているからといって,失神発作を経験したことがある人,突然死の家族歴をもつ人以外は,そう危険性が高くないところ,Eは,生前に失神歴もなければ,突然死の家族歴もないから,Eの心電図がブルガダ型波形を示していたからといって,予後が不良である群に入る根拠は全くと言っていいほど存在せず,Eの死因がブルガダ症候群による心室細動による突然死と考えることは医学的な論拠がない。

心室細動発作は,10秒もしないうちに意識をなくし,強直性の痙攣が起こるのであるから,Eが発症する前に自覚していた胸痛を心室細動に基づくものと考えることはできない。また,Eは研修医となって以降スポーツをやる時間はなかったのが実情であるから,ビタミンB1不足が生じたとは考えられず,また,最近のインスタント食品における多量のビタミンB1含有量からすれば,Eが5月初旬から下宿生活を始めていたからといって栄養のアンバランスが生じていたとも考えられない。

(イ)K医師の意見(乙15,17)

Eの死因を急性心筋梗塞と確信できる医学的証拠は見あたらないところ,Eの大学入学時の心電図を見ると,ブルガダ型心電図波形を示していること,Eが若年であることからすると,Eの死因は,ブルガダ症候群による心室細動による突然死と考える。

そして,Eの研修実態からすれば,ブルガダ症候群による心室細動発作を惹起するほどの自律神経系の不均衡を誘発する過労状態がもたらされるとは到底考えられない一方で,Eが5月より下宿生活を始めていたことからすると,生活環境の変化と不規則な食生活と栄養の偏りが脚気心様状態に達していたと考えられ,そのことがブルガダ症候群による心室細動発作の誘因となったと考えられる。

(ウ)L医師の意見(乙19,31)

a 急性心臓死の年代別分析値からすると,Eの蓋然性によって推定される病名は,心筋梗塞ではなく,ポックリ病ということになる。そして,ポックリ病はブルガダ症候群と考えられるようになっている。このことに加え,Eの大学入学時の心電図パターンからすれば,Eの死因はブルガダ症候群による心室細動による突然死と結論して良いと考える。

b ブルガダ症候群による心室細動発作の誘因としては,過労と栄養障害が考えられるところ,Eの研修実態からしてEが過労状態にあったとは認められない反面,Eは26歳の男性でスポーツ青年であったこと,脚気は夏に多いがEも夏に発症していること,Eは5月初旬から下宿生活を始めており,そのため生活環境が急変し,栄養のアンバランスを起こした可能性があると考えられることからすると,ブルガダ症候群の素因のあったEは,栄養のアンバランスから潜在性の心臓脚気を罹病し,心室細動を起こし,死亡した可能性が一番高いと推定する。

(4)Eの研修と死亡との因果関係

ア Eが従事していた研修は,研修初期の段階であり,患者に対する治療行為を自らの判断において行っていなかったという点で,客観的には通常の医師と比較して仕事の質と責任が必ずしも重大ではないということは否定できない。しかしながら,Eは,大学を卒業し医師国家試験に合格したばかりで,医療現場における臨床経験がなく,毎日の研修は初めての体験の積み重ねであったと考えられ,また,被告病院においては,研修医としての研修開始後4か月ころから(1年目の9月以降),研修医も主治医となることが予定されているため,それまでには患者の病気等を指導医等の補助は受けつつも自分の判断で治療し得る技量を修得しておかなければならないのであるから,それ以前の研修において必要な知識・技術を身につけることができるように,指導医等が行う患者に対する対応,患者の診察とその内容,検査の目的,薬の種類・処方といった診察方法,診断方法,処置方法を自らの頭で考えながら必死になって見学し修得しなければならない状況にあったということができる(乙11)。また,研修初期の段階とはいえ,Eは,点滴・採血という治療行為の一部を担当し,指導医の指導は受けつつも指導医の診察・処置の補助を行っており,8月以降には,アルバイトで不在の指導医に変わって入院患者に対する処置を単独で行ったこともあるのであるから,Eがそれまでは何ら臨床経験を有しなかったことを考慮すれば,相当な精神的緊張にさらされる治療行為に携わっていたと見ることができる。特に,シュライバー業務は,患者に対して検査の内容,検査をする理由等を説明し,納得させなければならないとともに,自分の責任で検査予約のし忘れなどのミスがないように遂行しなければならず,証人Fや同Hが証言するように,強い精神的緊張を感じる業務であるということができる。このように,Eが従事していた研修は,研修初期の段階にあるとはいえ,何ら医療現場の経験がない研修の初期であるがゆえに,精神的疲労を伴うことが予想される密度の濃い研修であったということができる。このことは,被告病院で研修医として臨床研修をした証人ら(証人F,同G,同H)が研修医の1年目特に夏前がもっとも精神的につらい時期であったと証言していることとも一致する。

そして,このような研修のさなか,Eは,何度かシュライバー業務でミスをしたりするとともに,点滴ミスという人命に危険を及ぼしかねないミスを犯して病棟医長から厳重な注意を受けており,このことからくるストレスはかなりのものであったと推測されるとともに,研修医の中でも特に真面目な性格を有していたEは,その後の研修における処置の補助,点滴・採血をより慎重に,完璧に行おうとして,日々の研修においてそれまで以上に精神的緊張を感じるようになったと考えられる。

また,被告病院の指揮監督の下にある研修時間は,平日では,原則として午前7時30分から午後10時ころまでとかなり長時間で,かつ昼食時間も不規則で休憩時間は少なかった上,時には手術の見学で深夜遅くまで研修し,さらには副直で泊まり込みの研修を行うとともに,そのように深夜遅くまで又は泊まり込みで研修した際にも翌日は普段どおり午前7時30分から研修していたこと,土日もほとんどは研修に従事していたことからすると,1日当たりの研修時間は長時間にわたっていたということができる。この,研修時間を月単位で見ると,6月の研修時間は323時間,7月の研修時間は356時間,夏期休暇のあった8月の15日間でも98.5時間であり,Eが死亡する直前1か月の研修時間は274.5時間となっており,労働基準法上の法定労働時間が週40時間(月160時間程度)であることを考慮すると,その研修時間は極めて長時間であるということができる。なお,Eは5月6日から同月30日まで見学生として被告病院において研修しているが,その期間の研修時間もまた,6月と同程度であったと推測される。そして,長時間勤務が,疲労・ストレスを増大することは一般に認知されているところ,証拠(甲17)によれば,不規則・深夜勤務は,人間の正常な日内リズム(バイオリズム)を崩し,自律神経や,ホルモンの変調を来し,血圧や脈拍の変動を来し,さらに血液粘稠度の増加を招く要因となるとともに,絶対的睡眠時間の減少と睡眠の質の低下を招き,疲労・ストレスの回復を低下させる要因となることが認められる。したがって,Eは長時間にわたる研修で精神的・肉体的疲労を増大させていったとともに,不規則な深夜にも及ぶ研修でその精神的・肉体的疲労の回復が低下していったものと認められる。そして,Eは8月3日から8日まで断続的に4日間の休暇があったことが認められるものの,それまでの6月,7月の2か月間で休暇は,5.5日程度しかない(内1日は医局旅行に費やされている)こと,8月9日から同月15日までは再び,従前と同様の研修に従事していたことからすると,研修によって生じた精神的・肉体的疲労を解消するのに必要な休息も十分とれていなかったと認められる。

イ 前記(3)ア(カ)認定の若年者の突然死の統計的考察からすると,Eの死亡当時の年齢である26歳を対象としても,虚血性心疾患は突然死の最も有力な原因と認められること,特に若年者の場合,虚血性心疾患に属する急性心筋梗塞は,ストレスが血圧・脈拍の増加,脂質の異化亢進等をもたらし,心筋梗塞の原因となるアテローム層の形成に大きく関与するとともに,比較的新しいアテローム硬化層がストレスにより増加するカテコールアミンの刺激等によって破綻して発症すると考えられており,ストレスがその発症機序に大きく関与していると認められるところ,上記アの研修実態からすると,Eが従事した研修は時間的にも密度的にも過重であり,Eには研修によって過大なストレスがかかっていたと認められること,Eは,研修中に心筋梗塞の前駆症状と認められる胸痛を何度か覚知していることからすると,Eの死因は急性心筋梗塞であった蓋然性が高い。

そして,上記の質量ともに過重な研修実態からすれば,Eは,急性心筋梗塞の発症原因となり得る強度の精神的・肉体的負荷を受け,梗塞の下地が作られ,心筋に対する障害が加えられ,更に自然的経過を超えて心臓機能を急激に著しく増悪させたものと認められる。そして,Eは,研修開始前においては健康体であり,他に急性心筋梗塞の確たる発症因子のあったことは窺われず,急性心筋梗塞の発症又は増悪の原因とする格別の事象は認められないことからすれば,Eが従事した研修とEの死亡との間には,相当因果関係があるというべきである。

ウ 被告は,Eは,ブルガダ症候群の素因があったことに加え,臨床研修のために独身生活を始め,そのために栄養のアンバランス(潜在性脚気)が加わり,心室細動発作で急死した可能性が高いと推定されると主張し,その主張に沿うK医師の意見書(乙15,17)及びL医師の意見書(乙19)を提出する。確かに,証拠(乙7)によれば,大学入学時に測定されたEの心電図は,右脚ブロック,ST上昇というブルガダ型心電図波形に類似した波形を示していたものと認められる。しかし,Eには突然死の家族歴や突発性心室細動の既往歴は認められないし,前記(3)ウのブルガダ症候群に関する医学的知見からすると,ブルガダ型心電図波形を示さない者と比較して突発性心室細動を起こす頻度が高いとは言えないので,Eの死因がブルガダ型症候群による突発性心室細動による突然死であるとはにわかに認め難い。また,Eに潜在性脚気があったとの主張に沿うL医師の意見書に記載されている内容は,いずれも憶測の域を出るものではなく,採用することができない。なお,L医師の意見書には,統計的に見て若年者の突然死はポックリ病が多いところ,ポックリ病とはブルガダ症候群であるから,Eの死因はブルガダ症候群による心室細動による突然死であるとの記載があるが,①統計上その他に分類される突然死のすべてがいわゆるポックリ病による突然死であると認められないことは,すでに判示したとおりである上,②いわゆるポックリ病は就寝中に突然死することが特徴の1つと考えられているところ(乙23),前記(2)ウ認定のとおりEが就寝中に死亡したとは認められず,Eの死因はいわゆるポックリ病であるとは認め難いから,上記L意見書の記載は採用することができない。

もっとも,仮に万が一,Eの死因がブルガダ症候群による突発性心室細動による突然死であったとしても,ブルガダ症候群に関する医学的知見からすると,ブルガダ型心電図波形を有する者が,突発性心室細動を起こすには,ストレスが相当程度関与していると考えられるから,Eが従事した研修による過大なストレスによって,ブルガダ症候群による突発性心室細動が発症したと認められることとなるので,Eが従事した研修とEの死亡との間の相当因果関係が認定されることには変わりないところである。なお,平成13年11月16日に公表された,厚生労働省の脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会における「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」によれば,労災補償における心臓疾患については,虚血性心疾患だけでなく心停止(心臓性突然死を含む。)をも対象としており,この心停止の中には,冠状動脈疾患,肥大型心筋症,拡張型心筋症,心筋炎,他の心筋疾患,原発性不整脈(QT延長症候群,ブルガダ症候群,WPW症候群,徐脈性不整脈)などを含むようであることも参考になる(甲37)。

2 争点(2)(被告は安全配慮義務に違反したか。)

(1)Eは,被告の指導監督の下,被告病院において研修していたのであるから,そのような特殊な社会的接触の関係に入った一方当事者である被告は,他方当事者であるEに対して,信義則上,Eが研修によってその生命・身体を害さないように配慮する義務(安全配慮義務)を負っているというべきである。

すなわち,被告病院における研修は,医師国家試験に合格した医師を臨床医に育成するという教育的側面があると同時に,他面において,医師免許を取得した研修医は,入院患者に対する採血・点滴,指導医の処置の補助など被告の業務の一部を研修の一環として担っており,奨学金名目で実質的にはその労働の対価と考えられる金員を受領していたことからすると,被告の具体的指揮・監督に基づき労働を提供していたと評価することもできるところである。そして,Eが従事していた初期の研修のみに着目すれば教育的側面が大きいとしても,その後は,研修医として主治医となったり手術を担当したりするなど被告の重要な業務の一部を担うことが予定され,更に順調にいけば2年間の臨床研修プログラムを終えた後も,他の同僚研修医や先輩研修医と同様に,被告病院又は被告の指示のもとその関連病院で医師として勤務することが予定されていたと認められるから,研修医の研修は,その内容が高度に専門的であるため長期にわたってはいるが,一般企業でいうところの新人研修的な性格を有しているということができる。つまり,医師のような高度に専門的な職業の場合,医師国家試験に合格した後,臨床医に必要な知識・技術を修得するためには相当の研修を積まなければならないことは当然であり,その初期において教育的側面が強いとしても,研修医が将来的にも被告病院やその関連病院で勤務しようとすれば,どうしても被告病院の指導監督の下に行われる研修を忠実に遂行していく必要があるのであるから,臨床研修には徒弟的な側面が存することも考慮すれば,研修医と被告病院との間には,教育的側面があることを加味しても,労働契約関係と同様な指揮命令関係を認めることができるというべきである。

したがって,被告が負う安全配慮義務の具体的内容は,このような被告とEとの関係に即して判断される必要がある。

(2)労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところであり,このことは,本件のような研修医の研修においても同様である。したがって,上記のような被告病院と研修医との関係に照らせば,研修医を指導監督等する被告としては,被告病院における研修の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して研修医の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っているというべきである。

そして,Eが従事した研修の実態は,前記のとおり過大な肉体的・精神的疲労をもたらし得るものであるところ,研修は被告の施設内において,指導医等による直接的な指導により行われていたのであるから,被告においても研修の実態を十分把握し,研修医が研修によって健康を害するおそれがあることは,予見可能であったというべきである。そして,研修医は,極めて近い将来患者の診療行為を自ら行わなければならなくなる立場にあるので,少しでも早く臨床医としての知識と技術を身につけることを渇望するのが通常であり,真面目な研修医ほど過大な肉体的・精神的負荷を受ける研修に陥りやすい傾向があることは容易に想像できるのであるから,被告としては,研修の時間,密度を適切なものにするか,仮にそのような研修実態が臨床研修医の育成のためやむを得ない面があるのであれば,健康診断を実施した上,研修医の健康管理には細心の注意を払い,万一研修医の健康状態に異常を確認した場合には,その研修内容を軽減し改善する等適切な措置をとるべき義務を負担しているというべきである。

しかるに,被告は,研修時間を管理するなどして研修が研修医の健康に害を及ぼさないようにする措置を講じることは一切せず(甲2),また,被告病院における研修開始時に健康診断を行うことはなく,また,研修中に被告病院のG医師はEが数秒ほど胸を手で押さえて静止していたのを目撃し異変を感じたことがあったにもかかわらず,そのことが耳鼻咽喉科の研修責任者らに対して報告されたことはなく,またEに対して精密検査を行うなどの措置もとられていないことからすれば,被告は,研修医に対する健康管理に対して細心の注意を払うことができる態勢すら作っていなかったと認められる。

したがって,被告は,Eに対する安全配慮義務を怠ったというべきであり,そして,被告が,この安全配慮義務を履行していれば,Eの死亡は回避できたと考えられるから,被告の安全配慮義務違反とEの死亡との間には因果関係があるというべきである。なお,仮に万が一,Eの死因がブルガダ症候群に基づく突発性心室細動による突然死であったとしても,研修時間等の適切な管理などが行われていれば,突発性心室細動の発生を防止できたと考えられるから,被告の安全配慮義務が否定されることはない。よって,被告は,原告らに対して,安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う。

被告は,Eの死亡は,被告において,その予兆さえ発見できなかったものであり,これを予見し回避する措置をとる前提を欠き,予見できなかったと主張するが,長時間の研修が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,研修医の心身の健康を損なう危険のあることを,医療法人である被告は十分認識していたはずであり,そうである以上,被告は,本来,被告病院で研修を行う研修医全員に対して,当該研修医の健康が現に害されているか否かとは関わりなく,上記安全配慮義務を負っているのである。そして,被告は研修の実施主体であるから,上記不履行が何らかの不可抗力的な障害に基づくとは認められず,その不履行について被告が無過失であるということもできない。さらに,本件においては,G医師はEが数秒ほど胸を手で押さえて静止していたのを目撃していたのであるから,被告が研修医の健康管理に対して細心の注意を払えるような態勢を作っていれば,被告もEの異常に気が付くことができたと認められるのであるから,被告が,Eの死亡の予兆さえ発見できなかったとしても,そのこと自体,被告の責に帰すべき事情であって,そのことを理由に,被告が安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負わないということはできない。

(3)被告は,①Eは,既に国家試験も通り,医師免許を取得しているのであるから,自己の心身の状況は自ら管理する能力を十分有しているはずであるし,そうすることが期待されていること,②心筋梗塞は,冠動脈の一部が閉塞し,血液が流れなくなった部分の心筋が壊死に陥る心臓疾患であるが,胸部に激痛を伴うのが一般で,早期に適切な治療を施せば,ほとんどの場合死の結果を回避することができ,発症後まもなく死亡(突然死)することは考え難いことを理由に,Eにも過失があると主張する。

しかし,被告病院における研修によって研修医の健康状態を悪化させない等の配慮を行う第1次的な義務は,研修医を指導監督し研修医の健康に配慮すべき義務を負う被告にあると考えられること,Eの前記研修の実態からすれば,研修の合間にEが自発的に診察を受けることを容易に期待することはできないこと,研修医という立場上,真面目に研修に取り組んでいたEが,研修を休んで診察を受けることを期待することは,上記被告が負う義務に照らすと,酷に過ぎることからするとからすると,上記①の点をもって,Eに過失があったということはできない。また,前記1(2)ウ(死亡時の状況)からすれば,Eは,救いを求める間もなく急死したと推認されるから,被告の上記②の主張は採用することができない。

したがって,被告の過失相殺の主張は採用することができない。

3 争点(3)(Eの損害額)

(1)逸失利益  9912万4852円

ア 基礎収入

Eは,医師国家試験に合格し研修中であったのであるから,研修を終える平成12年以降,就労可能期間を通じて平成13年版賃金センサス(平成12年賃金構造基本統計調査)第3巻第4表男性医師の平均年間給与額である1213万1300円の収入を得られる蓋然性があると認められる。

イ 生活費控除率 50%

ウ 就労可能年数

Eは,研修を終える27歳から67歳まで就労可能であると認められる。

エ 中間利息控除

Eの死亡時年齢である26歳から67歳までの41年に対応するライプニッツ係数(17.2943)から26歳から27歳までの1年に対応するライプニッツ係数(0.9523)を控除した係数(16.3420)を乗じることとする。

オ 計算式

1213万1300円×(1−0.5)×16.3420=9912万4852円(円未満切り捨て)

(2)死亡慰謝料  2500万円

証拠(甲15,原告A本人)によれば,Eは少年のころから医師になることを目指していたことが認められ,夢かなって医師国家試験に合格した直後の臨床医研修において死亡したEの無念は大きいと認められること,その他本件に現れた一切の事情を斟酌して,死亡慰謝料は2500万円と認めるのが相当である。

(3)葬儀費用  120万円

弁論の全趣旨によれば,Eの葬儀関係費には726万9325円を要したと認められるが,120万円に限り被告の安全配慮義務違反と相当因果関係にある損害と認める。

(4)原告らは,上記(1)ないし(3)の合計額1億2532万4852円の損害賠償請求権をそれぞれ2分の1(6266万2426円)ずつ相続した。

(5)弁護士費用  原告ら各自500万円

本件事案の性質上,弁護士費用も被告の安全配慮義務違反と相当因果関係にある損害と認めるのが相当であり,その額は,本件事案の難易,訴訟物の価額,認容額,その他本件に現れた一切の事情を斟酌して,原告らそれぞれについて,500万円と認めるのが相当である。

(6)遅延損害金について

原告らは,遅延損害金をEが死亡した日の翌日(平成10年8月17日)から請求しているが,原告らの請求は債務不履行に基づく損害賠償請求であり,当該損害賠償債務は期限の定めのない債務であるから,遅延損害金の始期は本件記録上原告らが被告に対し本件損害賠償を請求したことが明らかな訴状送達日の翌日(平成11年5月25日)と認める(民法412条3項)。

4 結論

よって,原告らの被告に対する請求は,原告ら各自が,債務不履行に基づく損害金6766万2426円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成11年5月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。

大阪地方裁判所第15民事部
裁判長裁判官 坂本倫城
裁判官 冨上智子
裁判官 安永武央

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-09-10 (水) 13:43:19 (3358d)