*交通事故と健康保険 [#u1b6f6a3]

これまでに述べましたように、交通事故被害者の診療は、自費が原則です。自費診療のその費用を誰がどう支払うかで、患者さんの自費、加害者払い、自賠法 15 条、自賠法 16 条、自賠法 16 条の支払い指図書、任意一括 ( 任意保険の損保会社による一括払い )、以上のどれかで実務が行われます。

ただし、自費診療ではない手続きがとられることもあります。それが " 第三者行為手続き " と呼ばれるもので、健康保険と労災保険の場合にこの手続きがとられることがあります。

つまり、交通事故の診療に ( 業務中でない場合 ) 健康保険が使える、という事です。ただし、手続き上の条件を満たさなければならず、健康保険本来の趣旨から外れる例外的な手続きである、という原則を知っておかなければなりません。

ここでは健康保険第三者行為手続きについて触れます。

**健康保険第三者行為手続き [#wa1e7375]

健康保険診療の患者自己負担分は患者が医療機関の窓口で払い、残りの医療費は保険者が医療機関に払うとともに、これを加害者に請求するという制度です ( 損害賠償請求権の代位取得 )。

患者さんは、医療機関の窓口で健康保険証を提出するとともに、第三者行為手続きをすると宣言します。そして可及的早期に保険者で第三者行為手続きをしなければなりません。

患者さんは、自己負担分を自分でかぶってもよいし、加害者に請求することもできます。

健康保険第三者行為手続きの場合、医療は自費診療と異なり、健康保険制度の制約を受けます。

  医  療  機  関
  ↓            ↓
  ↓自己負担金  ↓診療報酬請求
  ↓            ↓
 患者       ↓
  ↓       保険者
  ↓            ↓
  ↓損害賠償請求 ↓代位取得した損害賠償請求
  ↓            ↓
  加   害   者

第三者行為手続きをせずに健康保険診療を受けますと、患者も医療機関も、健康保険法とともに刑法にも触れてしまいます ( 詐欺罪 )。

**健康保険法 第 1 条、国民健康保険法 第 2 条 [#ae614c33]

:健康保険法 第 1 条|健康保険ニ於テハ保険者ガ被保険者(第69条ノ7ニ規定スル日雇特例被保険者(以下単ニ日雇特例被保険者ト称ス)タリシ者ヲ含ム次項、第8条12及第9条1項ニ於テ之ニ同ジ)ノ業務外ノ事由ニ因ル疾病、負傷若ハ死亡又ハ分娩ニ関シ保険給付ヲ為シ併セテ其ノ被扶養者ノ疾病、負傷、死亡又ハ分娩ニ関シ保険給付ヲ為スモノトス

:国民健康保険法 第 2 条|国民健康保険は、被保険者の疾病、負傷、出産又は死亡に関して必要な保険給付を行うものとする。

これらの法律が定めるところにより、交通事故の診療については、業務外の事故であれば健康保険証を保険医療機関の窓口に提出することによって診療を受けることができます。保険医療機関は故なくこれを拒否することはできません。

**昭和 43 年厚生省通知 [#mbaf1bf5]

健康保険及び国民健康保険の自動車損害賠償責任保険等に対する求償事務の取扱いについて

( 昭和 43 年 10 月 12 日保険発第 106 号 )

厚生省保険局保険課長国民健康保険課長から各都道府県民生主管部 ( 局 ) 長宛

>自動車による保険事故の急増に伴い、健康保険法第 67 条 ( 第 69 条ノ 2 において準用する場合を含む。) 又は国民健康保険法第 64 条第 1 項の規定による求償事務が増加している現状にかんがみ、自動車損害責任保険等に対する保険者の求償事務を下記により取扱うこととしたので、今後、この通知によるよう保険者に対し、必要な指導を行われたい。
>なお、最近、自動車による保険事故については、保険給付が行われないとの誤解が被保険者の一部にあるようであるが、いうまでもなく、自動車による保険事故も一般の保険事故と何ら変わりなく、保険給付の対象となるものであるので、この点について誤解のないよう住民、医療機関等に周知を図るとともに、保険者が被保険者に対して十分理解させるよう指導されたい。
>また、健康保険法施行規則第 52 条又は国民健康法施行規則第 32 条の 2 の規定に基づく被保険者からの第三者の行為による被害の届け出を励行されるよう併せて指導されたい。
>おって、この取扱いについては、運輸省並びに自動車保険料率算定会及び全国共済農業協同組合連合会と協議済みであり、自動車保険料率算定会及び全国共済農業協同組合連合会から、各保険会社及び各査定事務所並びに各都道府県共済農業協同組合連合会に対して通知が行われることとなっているので、念のため申し添える。

これも、健康保険による交通事故の診療を認める根拠です。

**健康保険法第 67 条、国民健康保険法第 64 条 [#eb61a9c3]

:健康保険法第 67 条|保険者ハ事故カ第三者ノ行為ニ因リテ生シタル場合ニ於テ保険給付ヲ為シタルトキハ其ノ給付ノ価額ノ限度ニ於テ保険給付ヲ受クル権利ヲ有スル者 ( 当該事故ガ被保険者ノ被扶養者ニ付生ジタル場合ニ於テハ当該被扶養者ヲ含ム次項ニ於テ之ニ同ジ ) カ第三者ニ対シテ有スル損害賠償請求ノ権利ヲ取得ス
2 前項ノ場合ニ於テ保険給付ヲ受クル権利ヲ有スル者ガ第三者ヨリ同一ノ事由ニ付損害賠償ヲ受ケタルトキハ保険者ハ其ノ価額ノ限度ニ於テ保険給付ヲ行フ責ヲ免ル
:第 67 条ノ 2|詐欺其ノ他不正ノ行為ニ依リ保険給付ヲ受ケタル者アルトキハ保険者ハ其ノ者ヨリ其ノ保険給付ニ要シタル費用 ( 其ノ保険給付ガ療養ノ給付ナルトキハ一部負担金ニ相当スル額ヲ控除スルモノトス ) ノ全部又ハ一部ヲ徴収スルコトヲ得
:|2 前項ノ場合ニ於テ事業主ガ虚偽ノ報告若ハ証明ヲ為シ又ハ保険医療機関若ハ特定承認保険医療機関ニ於テ診療ニ従事スル保険医若ハ第 44 条ノ 4 第 1 項ニ規定スル主治ノ医師ガ保険者ニ提出セラルベキ診断書ニ虚偽ノ記載ヲ為シタル為其ノ保険給付ガ為サレタルモノナルトキハ保険者ハ其ノ事業主、保険医又ハ主治ノ医師ニ対シ保険給付ヲ受ケタル者ト連帯シテ同項ノ徴収金ヲ納付スベキコトヲ命ズルコトヲ得
:|3 保険者ハ詐欺其ノ他不正ノ行為ニ依リ療養ノ給付ニ関スル費用ノ支払若ハ第 43 条ノ 17 第 5 項、第 44 条第 :|4 項若ハ第 59 条ノ 2 第 5 項ノ規定ニ依ル支払ヲ受ケタル保険医療機関若ハ保険薬局若ハ特定承認保険医療機関又ハ第 44 条ノ 4 第 6 項 ( 第 59 条ノ 2 ノ 2 第 3 項ニ於テ準用スル場合ヲ含ム ) ノ規定ニ依ル支払ヲ受ケタル指定訪問看護事業者ヲシテ其ノ支払ヒタル額ニ付返還セシムル外其ノ返還セシムル額ニ 100 分ノ 40 ヲ乗ジテ得タル額ヲ支払ハシムルコトヲ得

:国民健康保険法第 64 条 ( 損害賠償請求権 )|保険者は、給付事由が第三者の行為によつて生じた場合において、保険給付を行つたときは、その給付の価額 ( 当該保険給付が療養の給付であるときは、当該療養の給付に要する費用の額から当該療養の給付に関し被保険者が負担しなければならない一部負担金に相当する額を控除した額とする。次条第 1 項において同じ。) の限度において、被保険者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。
:|2 前項の場合において、保険給付を受けるべき者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、保険者は、その価額の限度において、保険給付を行う責を免かれる。
:|3 保険者は、第 1 項の規定により取得した請求権に係る損害賠償金の徴収又は収納の事務を第45条第5項に規定する国民健康保険団体連合会であつて厚生労働省令の定めるものに委託することができる。

交通事故に対し保険診療を行う場合は、保険者 ( 健康保険組合、社会保険事務所、市町村の国民健康保健課 ) などへ第三者行為による負傷である旨の届け出をしておく必要があり、保険者は保険給付 ( 健康保険診療 ) を行った場合にその給付価額 ( 医療機関への診療報酬 ) を限度として被害者が第三者に対して有している損害賠償請求権を代位取得します。つまり医療費の患者自己負担分以外を加害者側に対して請求することになります。

ここでは、健康保険法の方にですが、不正を働いてはならない旨が示されています。事故隠しをした場合、抵触する恐れが出てきます。

**保険医療機関及び保険医療養担当規則 [#af32fc39]

療養担当規則でも、保険医療の手続きの中で、不正や、適正な保険医療の手続きを妨げる行為を禁止しています。

:第二条の三|保険医療機関は、その担当する療養の給付に関し、厚生労働大臣又は地方社会保険事務局長に対する申請、届出等に係る手続及び療養の給付に関する費用の請求に係る手続を適正に行わなければならない。
:第二条の四|保険医療機関は、その担当する療養の給付に関し、健康保険事業の健全な運営を損なうことのないよう努めなければならない。
:第十条|保険医療機関は、患者が次の各号の一に該当する場合には、遅滞なく、意見を附して、その旨を管轄地方社会保険事務局長又は当該健康保険組合に通知しなければならない。  
:|一 家庭事情等のため退院が困難であると認められたとき。  
:|二 闘争、泥酔又は著しい不行跡によつて事故を起したと認められたとき。  
:|三 正当な理由がなくて、療養に関する指揮に従わないとき。  
:|四 詐欺その他不正な行為により、療養の給付を受け、又は受けようとしたとき。
:第十九条の二|保険医は、診療に当たつては、健康保険事業の健全な運営を損なう行為を行うことのないよう努めなければならない。
 
**健康保険法施行規則 [#fa07c607]

:則52条|療養ノ給付又ハ入院時食事療養費、特定療養費若ハ訪問看護療養費ノ支給ヲ受クル疾病又ハ負傷カ第3者ノ行為ニ因ルモノナルトキハ被保険者ハ其ノ事実、第3者ノ氏名及住所(氏名又ハ住所不詳ナルトキハ其ノ旨)並ニ疾病又ハ負傷ノ状況ヲ遅滞ナク社会保険事務所長等又ハ組合ニ届出ツヘシ

第三者行為の届け出はしなければなりません。健康保険法施行規則にこのように定められています。

必ずしも診療の前に届け出なくてもよく、診療を受けてからできるだけ早く提出すればよいと解されています。
しかし届け出をしなければ、これまでの法令でみてきたように、保険診療の適正な遂行を妨げることとなり、保険の給付が受けられない、すなわち、

-患者は健康保険を使って医療機関で診療を受けることができなくなり、
-医療機関は診療報酬を保険者から払ってもらえなくなり、
-患者は既に支払われた診療報酬は保険者から徴収される、

といった事態を招きます。

**健康保険証の注意書き [#cf510c67]

健康保険証は、被保険者 ( 国民 ) と保険者との契約の証しですから、契約通りの使い方をしなければなりません。健康保険に加入したときに険者からもらう説明書きのパンフレットや、旧来の紙の健康保険証には、その最後に以下の様な注意書きが書いてあるはずです。

>不正にこの証を使用した者は、刑法により詐欺罪として懲役の処分を受けます。

交通事故を隠して、あるいは知っていても第三者行為手続きを行わずに保険診療が行われた場合、患者や医療機関は刑法に触れる事にもなります。

**負傷等にかかる受給届 [#c39e22c9]

怪我を負った場合、それが交通事故など第三者による負傷、あるいは、業務上と取り扱われる可能性がある場合などでは、患者さんは保険者に対して、" 負傷等にかかる受給届 " を提出し ( 保険者による書式、手続など多少異なる )、第三者行為ならその手続を開始します。

保険者は、加害者を確認、負傷状況を調査し、加害者に対して求償できる場合、その手続きを取ります。

-加害行為が無く、業務上でない場合は、普通に健康保険により医療が給付されます。
-患者さんに、交通法規に違反して自損事故を起こすなどの不行跡ある場合、何割か、給付が制限されることがあります。
-加害者に求償する手段が断たれている場合、給付されないことがあります。
-患者さんが、第三者の行為による負傷なのに届けを出さずに無断で医療を受けた場合、給付がなされない場合があります。

給付がなされないとは、
-医療機関に診療報酬が支払われた後であったら患者さん本人に求償が行き、
-診療報酬支払の前であったら、医療機関は診療報酬が支払われず、患者さんの自費負担による診療となります。

**給付制限の内容 [#o1a37d61]

ある国民健康保険組合 ( 保険者 ) の例です。どこもだいたい同じです。[[pdf 3.2MB:http://hcoa.jp/pdf/2010/20100429_dai_3_sha.pdf]]

||傷病原因|給付制限率|h
|~自損行為&br;( 交通事故等 )&br;( 実情調査の上&br;保険者で決める )|1. 速度違反によるもの。&br;2. 交差点上前方不注意によるもの。&br;3. 無理な追越しによるもの。&br;4. 相乗り ( 家族を含む ) の受傷によるもの。&br;5. その他これに準ずる社会的非難されるもの。( 衝突、追突、&br;接触、転倒、転落、泥酔などの著しい不行跡等 )|0% - 20%&br;の範囲内制限|
|~|1. 上記各項のうち、累犯等特に悪質なもの。&br;2. 無免許運転、酒気帯び運転等の悪質なもの。|20% - 100%&br;の範囲内制限|
|~第三者行為&br;( 交通事故・&br;けんか等 )&br;( 第三者行為&br;による傷病&br;に原則的に&br;加害者負担 )|1. 国保診療をうける場合、組合へ連絡のないとき。( 無断使用 -&br;無断で保険給付をうけ、組合でレセプト点検時発見した場合。 )&br;2. 自動車損害賠償責任保険の適用をうけ限度額の枠を超え&br;その後国保で受診するとき。|100%&br;( 給付しない )|
|~|3. 保険使用について事前承認をうけている場合。&br;(A) 国保組合が求償権の取得出来る場合。&br;(B) 求償権のない場合。( 限度額の枠外 )&br;(C) 既に示談が出来ている場合。&br;< 被害者請求等の場合は勘案する。 >|0% - 100%&br;の範囲内制限|
|労働災害|労災事故についてはいっさい給付しない。|100% 給付しない|
|~労働災害|労災事故についてはいっさい給付しない。|100% 給付しない|

**健康保険の有利不利 [#f7d0bccb]

患者さんにとっての有利不利の思いつくものを挙げてみます。

***有利 [#o3b862db]

-医療費を減らし、相対的に慰謝料、休業補償を増やすことができる。
-被害者の過失割合が高い場合、医療費における減額を気にする必要がない。

***不利 [#mc841537]

-健康保険診療としての制約を受ける。健康保険では、行える医療に制約、制限があります。
-健康保険財源を圧迫し、自らの健康保険の保険料の値上げか増税に、ほんの僅かではあるが寄与してしまう。
-相対的なことだが、加害者側の自賠責および任意保険の損保会社を利する。

**保険者次第 [#fa3928ae]

後で、示談後の診療についてでも述べますが、第三者行為手続きをして健康保険での医療を受けられるかどうか、すなわち、保険給付がなされるかどうかは、保険者での決定によります。保険者は第三者行為手続きを故なく拒否することはありませんが、適正な手続きを欠いている場合、保険給付がなされないことがあります。
後で、[[示談後>交通事故/示談]]の診療についてでも述べますが、第三者行為手続きをして健康保険での医療を受けられるかどうか、すなわち、保険給付がなされるかどうかは、保険者での決定によります。保険者は第三者行為手続きを故なく拒否することはありませんが、適正な手続きを欠いている場合、保険給付がなされないことがあります。



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