*示談後の後遺症と損害賠償請求 [#debf5582]

交通事故で怪我を負い、示談した後に予期せぬ後遺症が発生した場合に損害賠償を請求できるとした最高裁判決 ( 最高裁民事判例集 22 巻 3 号 p. 587 )。全文を保存しておく。

**最高裁判所 昭和 40 年 ( オ ) 第 347 号 ( S43.3.15 ) [#i4e6a0df]

 事件名   損害賠償請求事件
 事件番号  昭和40年(オ)第347号
 裁判年月日 最高裁昭和43年3月15日第2小法廷判決
 上告人   控訴人  被告 江洲運輸株式会社 代理人 信正義雄
 被上告人  被控訴人 原告 国
 審級関係  第一審   昭和38年9月30日  大津地方裁判所
 審級関係  控訴審   昭和39年12月21日 大阪高等裁判所

主   文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理   由

上告代理人信正義雄の上告理由について。

一般に、不法行為による損害賠償の示談において、被害者が一定額の支払をうけることで満足し、その余の賠償請求権を放棄したときは、被害者は、示談当時にそれ以上の損害が存在したとしても、あるいは、それ以上の損害が事後に生じたとしても、示談額を上廻る損害については、事後に請求しえない趣旨と解するのが相当である。

しかし、本件において原判決の確定した事実によれば、被害者大東貞雄は昭和三二年四月一六日左前腕骨複雑骨折の傷害をうけ、事故直後における医師の診断は全治一五週間の見込みであつたので、大東自身も、右傷は比較的軽微なものであり、治療費等は自動車損害賠償保険金で賄えると考えていたので、事故後一〇日を出でず、まだ入院中の同月二五日に、大東と上告会社間において、上告会社が自動車損害賠償保険金(一〇万円)を大東に支払い、大東は今後本件事故による治療費その他慰藉料等の一切の要求を申し立てない旨の示談契約が成立し、大東は右一〇万円を受領したところ、事故後一か月以上経つてから右傷は予期に反する重傷であることが判明し、大東は再手術を余儀なくされ、手術後も左前腕関節の用を廃する程度の機能障害が残り、よつて七七万余円の損害を受けたというのである。

このように、全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては、示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえないこれと結局同趣旨に帰する原判決の本件示談契約の解釈は相当であつて、これに所論の違法は認められない。

論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

上告代理人信正義雄の上告理由

一、原審判決は理由(一)(二)(三)(四)において、何等の瑕疵なく「被害者大東貞雄と上告人の代理人たる取締役中川太重との間に本件事故による治療費その他慰藉料の一切を自動車損害賠償保険金により支払する旨、及び爾後本件に関しては双方何等の異議要求を申立てない旨の約定を記載した示談書による示談契約(右契約以前には明確な紛争状態はないがそれでも双方当事者の主張する主観的、客観的要求を互に譲歩調整する合意として和解に準ずる合意たる性質を持つもの)が成立した」ことを認め乍ら、(五)において、「本件のような加害行為による負傷又は疾病に因る損害の全貌は、加害行為の当初ないし、その経過の早期においては、当事者は勿論専門医師においても的確にこれを把握することは容易でない場合も多く、このことはこの種の損害の性質上本質的な特徴と考えることができる。従つてこの種損害の早期算定には右の理由から招来される必然的制約が伴うものと考えねばならない。

この事情は、損害賠償の合意の成立と、その解釈についても、これを当事者の真意を探究し、これに合致せしめる必要から考えて当然に斟酌せらるべきであつて右の合意が示談ないし和解的譲歩や権利放棄を予定するから、さきに一旦合意が為された以上は、その合意が、その後日時の経過、客観的事態の変動に伴い確認し得るに至つた救済、補償を要する損害の全貌と対比して見て、いかに著しい不均衡、不相当の結果を生じても右合意を動かし得ないものとし、これより生ずる不合理は常に権利者の権利放棄ないし、譲歩に根拠付けられるものと解し、この意味で右和解的拘束力の中に予定されたものとしてこれを看過するということは正当ではない。これを要するに本質的に当事者に予測し難い経過をたどることのある将来の損害について、現在その救済、弁償の合意をするについては、その性質上絶対的確定力を常に認むべきではなく、予期されたその通常の経過に反した損害の増加、併発等の異例事態が生じた場合は、その結果的な錯誤による不利益は被害者よりもむしろそれに対する根本の原因を与えた加害者にこれを負担せしめる配慮を加えることを考えなければならない。さもなければかような有責な結果を無視して顧みない絶対的拘束力を求める示談又は和解については、反公序良俗性を認める要請に迫られるが、一般に早期の賠償契約ないし和解は、それが適切でありさえすればこれを勧奨すべき理由はあつても否定すべき理由はなく、問題は、将来の確定し難い権利に対するあえて確定した給付義務につき、常に絶対的拘束力を認めることの当否に存するのである。」としているのは明らかに法律の解釈に誤りがある。

被害者が損害賠償請求権を放棄し得ることは被害者の自由である。本件のような加害行為による損害の全貌は加害行為の当初ないしその経過の早期においては当事者は勿論専門医においても的確にこれを把握することは容易でない場合も多い、ことは原審判決のいう通りである。それ故に損害額の全貌は当事者双方共早期に予想した額よりも或は多かるべく又或は少なかるべきことをも予想し、そのいずれの場合たるを問わず相互に将来何等の異議要求をしないことの和解を遂げている以上此和解ないし示談は拘束力を持つことは民法第六百九十五条、六百九十八条の解釈上当然のことである。

若し前記原審判決の如き解釈をもつてすれば、和解は被害の全貌が明らかとなつた結果を見て始めて和解をするか然らざれば損害額の予想額を相互に決定することを前提とし此上に立つてのみ和解を為し得べく然らざれば法律上の和解は為し得ざるに帰するであろう。

二、次に原審判決は理由(五)において、「控訴人は本件事故後一〇日を出でない日に、被害者がその負傷を比較的軽微なものと信じておる事態において早急に示談契約を為し云々、かような全損害の正確に把握し難い状況下における早急の示談において、しかも約定された比較的少額の賠償金額以外は、将来一切の請求権を放棄する趣旨の約定を結んだ場合には、右契約自体において予想外の損害の負担、措置につき格別に明示の特約を為した場合でない限りかような約定は賠償の対象たる損害の状況かその当時明らかでありかつそれが当時の見透しの通りに推移することが暗黙の前提となされたものであるからもしその損害につき当事者の確認し得なかつた著しい増加、変容、その他著しい事態の変化が爾後に生じた場合には右の契約特に権利放棄の約定にはかような事由を原因として解消せしめられる趣旨の条件即解除条件が附せられているものと解するを以て当事者の合理的意思に合致するものと考える(被控訴人は停止条件を主張するけれどもこれと解除条件とは法律上の見解の差に過ぎないから被控訴人の主張の範囲内に在るものである。)」としているが此れは審理不尽か経験則違反の違法がある。

原審は理由(一)において「爾後本件に関しては双方何等の異議要求を申立てない旨の約定を記載した示談書による示談契約(右契約以前に明確な紛争状態はないかそれでも双方当事者の主張する主観的、客観的要求を互に譲歩調整する合意、として和解に準ずる合意たる性質を持つもの)が成立したことが認められる」、旨認定しているのである。

此の種被害の損害額の全貌を確定的に予測すべからざることは理の当然であり斯かる場合において、爾後本件に関し何等の異議要求をしないことの約定を為すことは即ち将来の負担措置についての特約をしたもの、と解するのが経験則の命ずる処である。若し右約定が尚、将来の損害の負担措置についての格別の特約に当らないとするならば相当の証拠及び理由の説明がなければならないが此点についての審理を尽さず漫然、格別に明示の特約がないものと見て、解除条件附の示談契約としているのは誤りである。

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