第 26 回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム ( 2006.3.16 ) 抄録

出典を明示しての転載可という李先生のお言葉により、掲載させて頂いています。

市場原理と医療 米国の失敗を後追いする医療改革 †

李 啓充(医師・コラムニスト)

「小さな政府」と医療制度改革 †

現在、日本では、「小さな政府」を実現することが、あたかも自明の公理のごとくに唱えられ、医療制度改革も、その範疇で議論されることが多い。医療についても「小さな政府」を実現することが大義であると信ずる人々は、「国民負担率」(国民所得のうち、租税と社会保険料の占める割合。なお、国民負担率に財政赤字分を加えた数字を潜在的国民負担率という)なる指標を基に、「潜在的国民負担率は50%以内に抑えなければいけないし、そのためには、医療費の公的給付も抑制されなければならない」と主張する(ちなみに、国民負担率が50%を超える先進国は多く、「50%以内」という数値目標に必然的根拠があるわけではない)。

「国民負担率」は国民負担の実際を反映しない †

実は、「国民負担率が高くなるといけないから、医療費の公的給付も減らさなければならない」とする議論は詭弁以外の何物でもない。なぜなら、そもそも、「国民負担率」は、語感が与えるイメージとは裏腹に、「国民負担の実際」を反映する数字ではないからである。たとえば、先進国中、日本の36%(2005年)よりも国民負担率が低い国は米国(33%)だけであるが、実際の米国民の医療保険料負担は、日本よりもはるかに重いものとなっている。「自営業者、年収700万円、世帯主の年齢50歳、4人家族」という例で年間医療保険料負担を比較した場合、日本での負担が61万円(国保保険料上限額。国民負担率に含まれる)であるのに対し、米国での負担は214万円(マサチューセッツ州最大手の保険会社ブルー・クロス・ブルー・シールド社からもっとも一般的な保険を購入したときの価格。国民負担率には含まれない)と、日本の3倍を超えるのである。

公的給付削減の果てに待つ米国型医療保険制度 †

高齢化の進行(医療に対するニーズの量的増加)、日進月歩の医療技術の進歩(医療サービス単価の上昇)を考えた場合、今後、社会全体の医療費支出が増加せざるをえないことは論を待たない。医療費全体が上昇せざるを得ない状況の中で、公的給付を削減すれば、その果てに待つのは、民間医療保険を主体とする米国型の医療保険制度に他ならない。「『公』を減らして『民』を増やした」医療制度が具体的にどのようなものになるのか、以下、米国の実態を紹介しよう。

「市場原理」に基づく米国型医療保険制度の失敗 †

「民」の医療制度は、換言すると「市場原理」に基づく医療制度に他ならないが、市場原理によって運営される米国の医療制度の「失敗」の数々の中でも、際立っているのは、以下の4点であろう。

1)財力に基づくアクセス差別:市場原理の下で弱者が排除されることは避け得ず、医療保険を購入する財力のない者は「無保険者」となり、医療へのアクセスを閉ざされてしまう。市場原理から落ちこぼれた弱者(高齢者・低所得者)を救済するために、米国政府は、巨額の税を投入して公的医療保険制度を運営しているが、巨額の税支出にもかかわらず、国民の7人に1人が無保険と弱者を救済しきれず、無保険社会となっている。「『公』を減らして『民』を増やす」という主張は、「(米国式に)財力に基づくアクセス差別を導入する=無保険社会になっても構わない」という主張と同義なのである。

2)医療費の止めどない上昇:「民」主体の医療保険制度は社会全体の医療費を押し上げる特性を持つ。たとえば、米国の保険会社の経営用語に「医療損失」という言葉があるが、これは、加入者から集めた保険料100のうち、どれだけの割合を実際の患者の医療費に使うかという数字である。現在、医療損失が85を超えるとウォール・ストリートで「経営が下手」と評価され株価が下がってしまうので、保険会社にとって、医療損失を下げる(=患者の医療に使う金をできるだけケチる)ことが経営の一大目標となる。その結果、現在、米国における営利の保険会社の医療損失は平均「81」と言われ、公的医療保険(高齢者医療保険「メディケア」)の医療損失「98」と比べると、サービスの受け手にとって、格段に効率の悪い医療保険制度となっている。さらに、営利の保険会社は株価を維持するためには常に高収益を維持しなければならないので、たとえば、保険料値上げ等で顧客の負担増を強いることをいとわない。実際、ここ数年、米国の保険会社は、毎年10%程度の保険料値上げを繰り返している。

3)負担の逆進性:市場原理の下では、大口顧客に対する割引など強者が優遇される反面、弱者ほど負担が重いという「負担の逆進性」の問題が発生する。たとえば、有保険者の場合は、保険会社があらかじめ病院・医師などと値引き交渉をすませているので「割引価格」で医療が受けられるのに対し、無保険者がひとたび病気になった場合は、全額自己負担となる上に、有保険者よりもはるかに高い「定価」で医療費が請求されることが普通となっている。その結果、無保険者が医療費負債を返済できないために破産するという事例が急増、現在、米国では、医療費負債は個人破産の直接原因の第二位となっている。「公的保険の給付削減」が行き着く果てには、「医療費負債による個人破産」が常態化する危険が待っているのである。

4)公的負担の増加:はなはだ逆説的な結果ではあるが、米国の実例を見る限り、「『公』を減らして『民』を増やす」努力は、逆に公的負担を増やす結果となっている。たとえば、民間保険が常用するコスト抑制法として「サクランボ摘み(『いいとこ取り』の意)」があるが、これは既往疾患を有するなどハイリスクの患者を排し、健常者ばかりを集めて医療保険を設定する手法である。健常者ばかりを集めることで民間保険が容易にコスト抑制を達成する一方で、民間保険への加入を断られたハイリスク患者が公的保険に集中するために、公的保険のコストが逆に増大するという結果を招いているのである。

「市場」のメカニズムが医療では有効に機能し得ない理由 †

以上、医療費の公的給付を減らした後に生じ得る問題点を4点だけ列挙したが、こと医療に関しては、「市場」のメカニズムが有効に機能し得ないことは米国の実例からも明らかである。なぜ「市場」のメカニズムが有効に機能し得ないかというと、それは、医療以外のサービス・消費財については、「財力がなければ購入を諦める」という選択が比較的容易になし得るのに対し、医療のサービス・消費財については、「購入を諦めることは死ぬことを意味する」という状況が容易に生じ得る、という決定的な違いがあるからである。市場のメカニズムが有効に機能し得ない上、市場のメカニズムに委ねることが不平等だけでなくコスト増さえもたらすのであるから、医療については、公的給付を削減することを目指すほど愚かな政策目標はないと言ってよい。換言すると、社会全体の医療費を抑制したいと思えば、闇雲な市場原理主義を振り回す前に、いかにして公的給付を充実させるかを考える方が、はるかに賢明な戦略と言えるのである。

規制改革/民間開放推進会議の危険な主張 †

日本の医療制度改革議論の中で、規制改革/民間開放推進会議が、特に「民を増やす」=「ビジネスチャンスの創出をめざす」観点から、日本の医療制度を変えようとしているので、同会議の主張についても検証する。

1)混合診療全面解禁の危険:混合診療(保険診療と保険外診療の混合を認めること)が解禁された場合、自由診療部分の拡大により、広大な民間医療保険マーケットが出現することが予想される。その場合、民間医療保険を追加購入することができない低所得者には、「実質的無保険者」とならざるを得ない宿命が待っている。

混合診療全面解禁後の医療がどれだけ悲惨なものとなるか、以下、中国の実情を紹介しよう。中国では、公的保険は「基礎的医療」しか給付を認めず、最新の検査・治療は、軒並み「保険外」となっているため、病院は「保険外」診療で売り上げを確保しなければ経営がなりたたず、医師の給与も保険外診療の「セールス」に基づく「歩合制」となっている。医師にとっては、患者に高い治療や検査を押しつけないと自分の収入が確保できなくなった上、患者にとっても、入院・手術に際し「キャッシュによる前払い」を要求され、前払いができない場合は診療を拒否されるという、悲惨な状況が日常化しているのである。

2)株式会社による病院経営解禁の危険:先進国の中で株式会社立の巨大病院チェーンが存在するのは米国だけであるが、株式会社病院の方が非営利病院よりも「患者にとって料金が高いうえに、安全性も含めた質が劣っている」ことがデータにより明らかとなっている。それだけでなく、大病院チェーンは、例外なく、診療報酬不正請求など、種々の医療「犯罪」を繰り返していることでも知られている。

目指すべき方向は社会保障のさらなる充実 †

以上、「国民負担率を減らすために医療費の公的給付を削減する」という主張の危うさを検証してきたが、そもそも、租税や社会保険料負担について日本で問題にすべきは、その負担が「重い」ことにあるのではなく、納めた税や保険料が国民に対するサービスとして還元されていない、「取られっぱなし」の状態にあることにある。たとえば、納めた租税や社会保険料のうちどれだけの割合が社会保障給付として国民に還元されているかを比較した場合、日本の還元率42%は、「小さな政府」の「先輩」である米国の53%にさえ劣り、先進国中最低となっている(ドイツ59%、スウェーデン76%)。納めた税金や保険料が、今でも、「取られっぱなし」であるのにもかかわらず、政府・財界は、今後ますます「公的医療費の給付を抑制する=自己負担分を増やす」と主張しているのだから呆れる他はないが、高齢化がますます進行する下での日本の医療の将来を考えた場合、「公的給付のさらなる充実」をいかにして達成するか、そのための医療制度改革をこそ議論すべきであろう。


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Last-modified: 2008-09-10 (水) 13:52:49 (3356d)