日本の医療はどのように受け止められているか †

国民は医療に対してどのように考えているのでしょうか。日本は医療の値段が高く、内容は世界最低だと思っています。しかし本当は「日本の医療は値段が安く、内容は世界最高レベル」なのです。このように国民は日本の医療をまったく逆にとらえています。

また医師の権威主義、金権主義のイメージがいまだ消えずに残っています。30 年前に書かれた「白い巨塔」が放映され高い視聴率を得ています。「白い巨塔」は一部の医学部ではその残像はあるかもしれません。しかし医学部においても患者第一主義が浸透しており、医師の権威主義はだいぶ改善されています。

さらに国民には医療費はタダであるべきとする考えが染みついています。そのため少しでも医療費が上がると文句を言います。それでいながら健康には関心が高く、効果のはっきりしない健康食品を買い込んでいます。またテレビや新聞には医療情報が溢れており、病院のランク付けの本も多数出版されています。

いっぽうマスコミは国民の動向を眺めながら、国民の機嫌を損なわない報道に終始しています。マスコミは非常に強い力を持っています。しかしマスコミも食べていかなくてはなりません。偉そうなことを言っても、売れなければ倒産するからです。かつてのマスコミは政府の間違いを正すという社会の木鐸、オピニオンリーダーという意識がありました。しかし彼らは国民の生活よりも、自分たちの生活のために働かざるを得ないのです。漫画本を持たない出版社は倒産するとか、視聴率のための低俗番組も、マスコミのやむを得ない事情を示しています。そしてマスコミは医療に関しては勉強もしないで、一般向けの批判で国民の受けばかりを狙っています。

国民医療費の論議を医療機関の儲け話のようにすりかえ、医療事故を医師や看護師の資質の問題にすりかえ、マスコミは無責任な大衆扇動ばかりです。これでは医療は良くなりません。医療事故に対し、医師のおごり、医師の精神的たるみ、医師の権威主義という妄想を売り物に、魔女狩り的な批判では何も解決しません。医師バッシングは一時的不満の解消にはなるでしょうが、根本的解決にはならないのです。

アメリカで医療事故が頻発したとき、クリントン大統領は医療事故の原因を分析させ、医療事故は医師と看護師の過労と寝不足という根本的原因を公表し、医療事故を減らすために医師や看護師を増員しました。このような冷静な分析がなぜ日本ではできないのでしょうか。

またマスコミは厚生労働省から情報を貰う立場なので、厚生労働省に弱いという体質があります。そのため厚生労働省の発表を検証もせずに発表しています。残念ながらマスコミは厚生労働省の提灯持ちになっており、彼らに期待はできないと思います。

厚生労働省はどうでしょうか。彼らは役人なので国のことよりも自分たちのことしか考えません。保身的で絶対に責任を取りたくない。これが役人の基本的姿勢です。また法律を複雑にして議論ができないようにしています。そしてまた法律を盾に動こうとしません。さらに行政指導として、通達により医療をがんじがらめにして強直化させています。

たとえば医療事故が起きると、厚生労働省は各医療機関に沢山の報告書を要求してきます。この要求は一見正しいように見えますが、医師や看護師は書類に時間を取られ、患者のそばにいけないという現実が生じています。役人にとって、このような現場のことは知ったことではありません。自分たちはきちんと指導しているという事実がほしいだけなのです。ですから医療の安全性に対する予算はなく、病院が身銭を削って安全対策を行っているのです。

官僚は通達という巨大な権力を持っています。通達は法律ではなく、また国会の審議も必要としません。厚労官僚はこの通達という手段を握り、国民医療を鉛筆一本で操ることが可能なのです。この通達という巨大な権力が、日本の医療を細部にわたり支配し、医療を悪くしているのです。

日本は資本主義国家とされていますが、医療は国による統制医療であり官僚主義国家なのです。旧ソ連が崩壊したのは社会主義国家だからではなく、官僚主義国家だったからです。官僚に医療を任せることの危険性を知るべきです。

次に国民の生活を守る政治家はどうでしょうか。政治家は医療が複雑になり医療そのものを理解していません。医療や福祉を良くすることは彼らの責務のはずです。しかし政治家は目先のことしか興味がありません。道路を造ったり、建物を造ったりという目先のものばかりで、国民全体のことは票に結びつかないので、医療福祉に対する政治的理念を持たないのです。

またかつての医師は地域の名士であり、開業医の往診カバンの中には 200 票が入っていると言われていました。医師は住民から尊敬され、政治力は強かったのです。医師は地域のインテリであり、落語でいうご隠居さん的な信頼がありました。しかしそれは「今は昔の話」です。前回の参議院選比例区に立候補した武見敬三の獲得票は 23 万票でした。得票数から計算すると、医師は 1 人 1 票しか武見敬三に投票していません。自分の嫁さんも投票していないのです。当選することが前提条件である政治家が医師を相手にしなくなったのは当然のことです。

医師側にも大きな問題があります。医師は目先の収入ばかりで、国民医療費全体をマクロ的に見ることが出来ない。日本の国民医療費が少ないことに気付いていないのです。医療費抑制政策の現状を知らず、日々の診療に追われ、日本の医療のどこに問題があるかを追求する余裕さえないのです。医師の生活がある程度安定しているのでまだ危機感が少ないのです。

日本医師会の幹部の人たちは、国民に良い医療を提供しようと一生懸命ですが、その割には多くの会員は動きません。文句は言っても、自分たちは汗を流さないタダ乗り論者の医師会員が多いのです。

また問題になるのは医師の悪口を言う医者が増えていることです。彼らの言動が医療にとって最も大切な「医師と患者の信頼関係」を崩しています。たしかに悪い医師も中にはいますが、それは例外的存在だとおもいます。

患者さんは医師の言葉よりもミノモンタのテレビを信じています。こんなことでよいのでしょうか。医師は国民に対し正確な医療情報を与えること、医療宣伝、医療啓蒙を行わなければいけません。新聞一面の広告代は 2000 万円程度です。国民のためならば広告代を払い、きちんと「医療の現実と正しいあり方」を説明し主張すべきです。

医師には患者を治すという重要な役割があります。しかし間違った医療制度、病んでいる社会制度を指摘し、その病巣を治すことも、国民として、あるいは医師としての役割のはずです。間違いを正すことが患者、住民、国民のためになるのです。


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Last-modified: 2008-09-10 (水) 13:52:53 (3357d)